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雪月花 第二夜「面影」

一面に咲く桜の中にいた。 懐かしいみんなの笑い声も聞こえる。

「だぁめ、この卵焼きは私のー!」 「ゆき姉、ずるい!」

今日は大好きなじいちゃんに連れられて、村のみんなでお花見。 ゆき姉とはまたいつもの喧嘩。

「はる坊こそ、私の分の里芋食べちゃったじゃない!」 「だってゆき姉、ぜんぜん食べないんだもん!」

喧嘩するほど仲が良いなんて、村の子供たちにもよくからかわれたっけな。 覚えているのは温かな湯けむりと満開の桜に包まれた村の景色。

その景色がさらさらと霞のように消えていく。

「あんなに楽しかったのに、あんなに幸せだったのに、みんなどうして死んじゃったの?」

唐突に悲しい気持ちが溢れ出したかと思うと、みるみる視界が白く染まっていく。

……

「朝か……」

子供のころの夢か。寝起きの気分がやけにブルーだ。 それにしても変な夢だった。僕には祖父も姉もいないのに。

「まあ夢なんてそんなもんか……」

そういえば昨夜は雪で帰れなくなって、旅館に泊まっていたんだった。

部屋の窓から外を見ると昨日のような吹雪こそ収まっていたが、雪はまだ深々と降り続いている。 すっかり雪に閉ざされた山の中。これでは今日も帰るのは難しいかもしれない。

とりあえず気分転換に朝風呂に入ろう。 今朝は昨日偵察しておいた露天風呂にでも行ってみようか。

館内は空調が効いているとはいえ、やはり朝方はかなり冷え込んでいる。 浴衣の上からしっかり羽織を引っ掛けて出掛ける。

昨日見かけた変な部屋は今朝もそのままだ。相変わらずこの部屋の前だけはひどく寒い。 さっさと素通りして突き当たりまで来たところで、スリッパを下駄に履き替える。 外に出て渡り廊下をしばらく進むと、やがて見えてくる湯暖簾。

見れば二つある脱衣カゴのうち一つが埋まっている。どうやら先客がいるようだ。

湯けむりと降雪で真っ白な視界の中、寒さから逃れるようにさっさと湯舟に入る。 贅沢にも朝から雪見風呂。顔と体のこの温度差がたまらない。

「おお、おはようございますにゃ!」

先客は昨日も内風呂でご一緒した湯猫。他に泊り客はいないのだろうか? さっそく饒舌な温泉トークが始まるかと思いきや、今朝は無口だ。

鳥の声もない、雪に埋もれた静かな朝。 立ち上る湯けむりの向こうから、絶え間なく注がれる湯の音だけが聞こえる。

注ぎ口の傍らに、小さな祠のようなものがあることに気付く。 その後ろには注連縄が締められた大木。寂し気な冬の枯れ木だが、その立派な姿からは確かな年輪を感じる。

「あれは神里温泉神社のご神木ですにゃ!」

ようやく湯猫が口を開く。

「開湯八百年、この神里温泉を見守り続ける由緒正しき神さまですにゃ!」 「そうなんですか……」

やはり温泉に神社仏閣は付き物だ。 それだけで自ずと効能が高まるのがよくわかる。

ふと、今朝のあの妙な夢を思い出す。

あの満開の桜の木にも、ちょうどこんな注連縄が締められていたっけな。

……

温泉たまごに温泉おかゆ。

朝食も美味しくいただき、すでに体調は万全。 つい昨日まで凍死寸前の憂き目に遭っていたことがまるで嘘のようだ。

オーバーキルならぬオーバーヒール。 ここに来る前よりもむしろ体調が良くなっている気さえする。

本当に、雪音さんには感謝してもしきれない。

あとは無事に帰路に就くだけなんだが、残念ながら今日もこの天気。 雪の中を歩く装備があるわけでもないし、この深雪の中を無理に歩いて帰るのはさすがに危険だろう。 せめて麓の温泉街まででも送迎などしてもらえないだろうか。

ロビーに出てみると、ちょうど雪音さんがいたので訊いてみた。

「申し訳ありません……山の中の一軒宿なもので、お車の出入りは難しいんです。」

ということはタクシーを呼ぶこともできないわけだ。

「じゃあもう春まで連泊になっちゃうかもしれませんね……」

冗談っぽく言ってみたが、案外冗談では済まないのかもしれない。

「それに連泊ったって、そんなに持ち合わせが……」 「あ、それならご心配なさらなくても大丈夫ですよ。」 「え?」 「冬の間は宿代をいただいていないんです。」 「はい!?」

ここに来てからいろんな不思議なものを目にしてきたが、その何よりも衝撃を受ける話だった。

単なる善意でできるはずがないし、何かよほど特殊な裏事情があるに違いない。

しかしそれを気にしたところで他に選択肢があるわけでもない。 ここは素直に感謝するしかない。

「そうなんですか……それは助かります。でもそういうことなら何もしないっていうわけには……」 「いえいえ、お気遣いなさらなくて大丈夫ですよ!」 「あ、そうだ!ちょうどカメラもあるし、宣伝のためにこの旅館を取材させてくださいよ!」 「せ、宣伝……ですか……」

気の利いた申し出のつもりだったが、思ったより反応が良くない。

「だめ……ですか?」 「その……まだ行き届かないところだらけでお恥ずかしいですし……」 「そ、そうですか?」

旅館が宣伝を嫌がるなんて珍しいとは思うが、そう言われるなら仕方ない。 これ以上推すのはやめておこう。

……

滞在することになった途端、急に時間を持て余してしまう。 玄関に置いてあった番傘を借りて、気まぐれにふらっと外に出てみる。

昨日は吹雪のせいでまったくわからなかったが、そこは小さな和庭園のようになっていた。 灯篭につくばいが良い形に配され、一様に雪をかぶって実にほっこりとした冬の情景を描いている。

そんな傍らに、小さな歌碑のようなものがあることに気が付いた。

「春の糸 忘れ果てりと 風流れ うららかなる日々 遠くなりけり」

どういう意味だろう。よくわからないが何となく寂し気な歌だ。 彼女が詠んだのだろうか。

何故かふと、夕べ見た夢を思い出す。

「……ゆき姉?」

夢に出てきたゆき姉という少女の顔と、雪音さんの顔が何気なく重なって見えた。

……

夜の帳が降りる。 今夜もまた変な夢を見なければ良いが。

「失礼しますぅ~。お布団敷きに参りましたぁ~。」

窓辺で湯あがりサイダーを開けて寛いでいたところ、襖越しに聞き覚えのない声がした。 入ってきたのは白衣に身を包んだ少女。

「お初にお目にかかりますぅ~。お布団敷き担当の枕兎(まくらう)と申しますぅ~。」

やたらと眠そうな表情に、テンション低めで間延びした喋り方。 その声を聞いているだけで何だか眠りに誘われる。

それによく見ると湯猫と同類の雰囲気がある。人のようでいてどことなく兎のような。 もう今更驚くこともないが。

手際よく真っ白な布団が綺麗に敷かれた。 しかし何が納得いかないのか、最後まで枕の位置にやたらとこだわり続けて悩んでいる。

「お客さん、昨日はよく眠れましたかぁ~?」 「あ、ええ、おかげさまで……」 「そうですかぁ~、じゃあ今夜も白桜花香(はくおうかのこう)、焚いておきますね~。」

昨夜はお湯から戻ったらすでに布団が敷かれていたが、そういえば部屋全体が微かに良い香りに包まれているような気がしていた。 なるほどテレビの横にこんな香炉が置いてあったのか。全然気が付かなかった。

「では今宵も最高の眠りを~。失礼いたしますぅ~。」

温泉で温まった体にお香のリラックス効果が相まって、眠気が程よく襲ってくる。 おかげで今夜もよく眠れそうだ。

これであとは変な夢さえ見なければ良いのだが。

やがて部屋の明かりが静かに落ちる。

雪はまだ深々と降り続いていた。

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