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雪月花 第三夜「祭り灯」

一体何が起きたのかわからなかった。 霞む視界の中、大好きだったじいちゃんが血だらけで目の前に横たわっている。

「じいちゃん、じいちゃん!」

気持ちとは裏腹に、僕の手はみるみる血に染まっていく。 満開の桜の下、そこは一面の血の海。

村人のみんなももう誰一人として人の形を留めていない。

どす黒い肌と真っ黒な爪。 僕の体に一体何が起こっているのだろう。

「いくら神主さまが偉くても、やっぱり鬼の子なんて拾うべきじゃなかったんだ!」

あれはいつも一緒に遊んでいたきぬ太郎。 後ろに必至に庇ってるのは、その妹のお小夜。

鬼の子って?

考えている間もなく、気付いたときには彼らも切り刻まれ肉片と化していた。

「はる坊……」

振り返ると、ボロボロの巫女装束を纏った傷だらけのゆき姉がいた。 息も絶え絶えだが、見ればその手にはしっかりとじいちゃんの御幣が握られている。

何かを描くように、御幣で空を切る。

「生鬼入滅!その邪悪、永久に封じ給え!」

その瞬間、ゆき姉から強烈な光が発せられた。 眩しくて何も見えない視界から、ゆき姉の叫ぶ声だけが響く。

「逃げて、はる坊!」

寒い。すごく寒い。

そのまま気を失ったのか、やがて光は暗闇へと変わり、どこからともなく男たちの話し声が聞こえる。

「あの山には雪女が出たそうだな……」 「可愛そうに……」

……

はっと目が覚める。 ものすごい寝汗だった。

時計を見るとまだ夜中の三時。

あまりにも血生臭い悪夢。 気持ちのダメージは一昨日の比じゃない。

ここに来てから三日目。 快適に過ごさせてもらってる反面、夢見はどんどん悪くなる。 このままでは頭がおかしくなりそうだ。

布団にいても眠れそうもない。 気分転換のつもりで窓辺の椅子に腰かけて、冷蔵庫の湯あがりサイダーを開ける。

そうして放心状態のまま時間だけが過ぎ、やがて朝を迎えた。

気分とは裏腹に、空は久々の晴天。 太陽を見られただけで、何だか少し救われたような気がした。

……

思い切ってこの妙な夢見について相談してみようと思った。 もしかしたら少しでも楽になれることもあるのかもしれない。

今朝も朝食の用意で部屋に来てくれた雪音(ゆきね)さんに、悪夢で困っていると話してみた。

「そうですか……白桜花香(はくおうかのこう)をもってしても眠れないほどの悪夢なんですね……」 「ええ……」 「……もしかしたらそれは、何か善からぬものが憑いているのかもしれませんね。」 「善からぬもの……」 「少し遅くなってしまいますが、後ほどお祓いをしてみましょう。」 「お祓い……ですか。」 「はい。本当は今からでも執り行いたいんですが、今日は神里(かむり)温泉祭りの日なので……」 「え、祭り?」 「そうなんです。……と言っても今は一軒宿しか残っていないので、私たちだけの小さなお祭りなんですけどね……」

寂しそうに笑う。

「でもいつかまた、この場所に人々の笑顔が溢れる日が戻ってくると信じてるんです。」

……

その日は本当に祭りだった。

会場はなんと露天風呂の敷地。 祠に向かって小さな櫓が組まれている。 祭りのメインは湯の神への神楽奉納だという。

四方にぐるりと紅白の提灯が下がり、見れば出店が三軒も出ている。 小規模ながら、本当に雰囲気は祭りそのもの。

出店は焼きそばに射的にわたがしという、いかにもレトロなラインナップ。 そのすべてを、なんと湯猫(ゆねこ)一人が掛け持ちでやっていた。

浴衣姿の枕兎(まくらう)が、わたがしを手に射的に夢中になっている。 そしてその傍らにもう一人、初めて見かける猿のような何かがいる。

日差しと湯の熱気のせいだろうか、浴衣に羽織という格好でも不思議と冷えを感じない。 これなら神楽も落ち着いて見ることができそうだ。

正午になって、神楽奉納の儀が始まる。

巫女装束を着飾った雪音さんが櫓に上がると、場の空気が一気に変わる。 音が消え、そこにいる者すべての視線が雪音さんに集中しているのがわかる。

やがて神楽が始まる。 その神々しくも艶やかな舞い姿に、時間が経つのもすっかり忘れ見惚れてしまう。

ふと、雪音さんの体からぼんやりと白い光が発せられていることに気付く。 よく見ると彼女の周りにあるものがメキメキと音を立てて凍りついていく。

そしてどこからともなくひんやりとした空気が流れてくる。

「これは……」 「あまり近づきすぎると凍っちまいますぜ。」

ちょうど僕の隣で神楽を見ていた、猿のような見知らぬ半獣半人が声をかけてくる。

「神楽の最中は気が高まるとかで、どうしてもご神木の封印が効きづらくなるんだそうで。」 「ご神木の封印?」

普段、彼女の力はご神木の加護によって封じられているという。 しかし神楽などで特殊な精神状態に入ると、どうしても封印との力の拮抗が保ちきれなくなるのだそうだ。

やっぱり雪音さんは普通の人間じゃない。 最初に思ったとおり、本当に雪女なのかもしれない。

だとすると雑誌の記事で読んだ話とはまるで違っている。 冷気で取り殺されるどころか、逆に凍えそうになっていたところを救ってもらった。

それにあの夢。 何かが僕に語りかけているようにも感じられる。

どうしても彼女と重なって見えるあの「ゆき姉」という存在。

僕は普通の家庭に生まれ普通に育った普通の人間。 そもそもあんな過去なんて存在しない。

なのに妙に懐かしさを覚えるのは一体どういうことだろう。

自分の置かれている状況がよくわからない。 頭の中が混乱する。

「おっと、申し遅れました。手前、当館で板前をやっております酒猿(ささましら)と申します。お初にお目にかかります!」 「あ、はい、初めまして……」

なるほど、温泉担当が猫、布団担当は兎、そして料理担当が猿というわけか。 動物たちがこの旅館を支えているというのも、今となっては何か霊的な力を感じるような気がする。

「手前、実は板前やらせてもらいながら密かに演歌歌手デビューを目指しておりまして……ステージの方はこのあとすぐですんで、ひとつ応援の方を是非よろしくお願いしますよ!」 「は、はぁ……」

そしてみんなどこか人間臭い。 八百万の神とはこういう者たちのことを言うのかもしれない。

僕ら人間も含めて。

やがて神楽を舞い終えた雪音さんが楽屋から戻ってくる。 不思議な冷気は治まり、格好も普段の着物姿。

「お祭りはもう少し続くので、終わり次第お祓いの準備をしますね。」 「え、あ、はい……すいません。」 「それまでは、一緒にお祭りを楽しみましょう!」

おもむろに僕の手をぎゅっと掴んで引っ張る。 僕は何も考えられないまま、再び賑々しくなった祭りの熱気に呑まれていった。

……

夕方になって、盛大のうちに祭りは幕を閉じた。 櫓も出店もすっかり片付き、元ののんびりとした露天風呂の姿に戻る。

「では、お祓いの準備ができましたのでこちらへどうぞ。」

雪音さんに案内されたのは、あの冷気を纏った謎の部屋。 中には祭壇のようなものがあるが、まるで部屋全体が冷凍庫のように冷えていて、すべてがキラキラと白く光って見える。

こんなところに一体どのくらいの間いなければならないのか。

「少し寒いですけど、すぐですから我慢してくださいね……」

少しなんていうレベルじゃない。

祭壇の前に僕を座らせると、さっそく御幣を振りかざし、勢いよく祓う。

「其の背に憑きし邪悪なる御霊、此処に形成し給え!」

言霊が部屋中に共鳴したかと思うと不思議と寒さがやわらぎ、僕の体から黒いモヤのようなものが出てくるのが見える。 モヤはやがて人の形のようになって、祭壇の上から僕らを見下ろす。

「あなただったんですね……」

雪音さんが異形に語り掛ける。

「ソノ者ニ見セシハ前世ノ記憶ナリ……」

頭の中に直接話しかけてくるような黒い声。 前世の記憶?

「ソレデモ我ヲ拒ムカ……」 「今すぐ出て行って……」 「コレガオ前ノ願イダッタノダロウ?」 「彼を苦しめることなんて望んでない!」

その瞬間、雪音さんの体から強烈な光が放たれたかと思うと、目の前の祭壇がバキバキと凍りだし、やがて粉々に砕けて跡形もなくなった。

「す、すごい……」

僕はただ呆気に取られている。これが雪女の力。

「シカシモウ遅イ……ソノ者、既ニ全テヲ知ル運命ナリ……」

そう言い残すと、モヤは散り散りになって消えた。 途端にめちゃくちゃな寒さが全身を襲う。

「ちょ、ちょ、めっちゃ寒いんですけど!」 「あ、すいません!もう大丈夫ですよ!お祓いは終わりましたから!」

ガタガタ震えながら部屋を逃げ出す。 その足で温泉に直行、その場はどうにか難を逃れた。

……

これで今夜は本当に悪夢を見ずに済むのだろうか。 そんな不安も完全に帳消しになるくらいに、一日の疲れがどっと込み上げてくる。

今日もいろんなことがありすぎた。 眠気に任せて布団にもぐった途端、僕は一瞬で眠りに落ちていた。

窓の外の庭先に、怪しげな黒い影が蠢いているとも知らず。

「やっと見つけたぞ……雪女ぁ!」

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