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雪月花 第四夜「邂逅」

「逃げて、はる坊!」

その真っ白な姿から放たれる強烈な光に目が眩む。 突然、冷気を纏った突風に吹き飛ばされる。

「ゆき姉!」

辺り一面に轟音のように風の音が鳴り響いて、自分の声すらまともに聞こえない。

ゆき姉の最後の言葉を背に、僕はわけもわからず走った。 途端に足を取られて、山を転げ落ちる。

目の前が真っ暗になった。

「神里村に雪女が出たんだってなぁ。」 「おっかねぇなぁ……」

男たちの話し声で目が覚めた。 何故か僕は布団の中にいる。

ここは、どこかの家?

「お、ようやくあの子が目ぇ覚ましたみてぇだぞ。」

知らない男の人が僕の方へ歩み寄る。

「大変だったなぁ。気分はどうだ?」 「あ、ありがとうございます……大丈夫です……」 「おめぇも雪女に襲われたんだべな?」 「雪女……?」 「怖ぇ目に遭ったなぁ……でもここにいりゃ大丈夫だ!」

彼らが何を言ってるのかまったくわからない。

どうやら僕はあの後、たまたま村を訪れた誰かに助けられたらしい。 村の惨状を目の当たりにして慌てて引き返したが、その途中で山道に倒れていた僕を見つけたという。

「この子の前で言うのも気が引けるが、村人は全員凍ったまま粉々だとよ……」 「まったく雪女ってのは恐ろしい。この子は本当に運が良かったに違ぇねぇ。」

違う。 村のみんなを手にかけたのは僕だ。

ふと自分の手を見る。 元の人間の手。 あれだけ浴びたはずの返り血もすっかり消えていた。

「ゆき姉……」

それから数日が経った。 すっかり元気を取り戻した僕は、みんながまだ寝ている早朝を見計らって、家をこっそりと抜け出す。

一度も村から出たことのない子供の僕には、村への帰り道なんてわかるはずもない。 それでもとにかく勘を頼りに必死に歩いた。 村に帰ればきっとゆき姉に会える気がしていたから。

そして何日か過ぎ、一体どれくらい歩いた頃だったか。 朦朧とした意識の中、僕は奇跡的に村に辿り着くことができた。

見慣れた家々はすべて壊れ、そこかしこに真っ白な雪が積もっている。 あの温かい村の姿はもう見る影もなかった。

それなのにどこからか、微かにゆき姉の匂いがする気がした。

神社の前で、桜が満開のまま凍り付いている。 楽しかった思い出が溢れ出して、涙が出る。

僕は残り少ない力をふり絞り、ゆき姉を探し続けた。 声が枯れても、ゆき姉の名を叫び続けた。

命尽きるそのときまで。

……

静かな朝だった。

顔を洗って窓辺の椅子に腰かけて、ただずっと外を眺める。

不思議と気持ちは落ち着いていた。

ふらっとロビーに出てみると、そこに雪音さんが待っていてくれた。 まるですべてを察しているようだった。

「ゆき姉……」

夢の続きを見ているような感覚だった。 目の前の雪音さんが本当にゆき姉のように見えていた。

沈黙が続く。 静寂の中、自分の心臓の音だけが徐々に大きくなっていく。

「おかえり、はる坊。」

僕の中で音を立てて何かが決壊した。 雪崩のようにすべてが溢れ出す。

「ごめん、ゆき姉、ごめん!」

ぐしゃぐしゃのまま僕は、ただ同じ言葉を繰り返すことしかできない。

ゆき姉はすべてを背負って僕を救ってくれた。 それなのに僕は救われた命を粗末にしてしまった。

込み上げるのは罪悪感ばかり。そのすべてがただ「ごめん」という言葉になって溢れ出す。

でも仕方なかった。 僕にはどうしてもゆき姉が必要だったから。

あまりに頼りないのはわかってる。 でももう二度とゆき姉を失いたくない。

……

どれくらい嗚咽にまみれた時間が続いたか。 傍でずっと慰めてくれていたゆき姉が、静かに語り出す。

「でもね、本当はお礼を言うのは私の方。」 「え……?」 「今こうして幸せでいられるのは、はる坊のおかげだから……」

一度その力が覚醒してしまえば、それから先はどこへ行こうとずっと一人ぼっち。 ただ虚ろに吹雪の中を彷徨い続けるだけ。

でもそれが雪女の宿命。 いずれはそのときが訪れることはわかっていた。

何も考えられないまま幾星霜、どこをどのくらい彷徨ったのだろうか。 壊れゆく心のまま、いつしかその足は自然と故郷に向いていた。

誰に会えることもないと知りながら。

村はもう跡形もなく朽ちていた。

見覚えのある景色といえば、神社裏で今も滾々と湧き続ける湯。 そしてそこにしっかりと根を張るご神木だけだった。

しかしそれはかつて巫女として仕えていたあの頃とは見違えるほど立派になっていた。 知らぬ間に長い時が流れていたことを思い知る。

そのご神木の傍らで、何もできずただ呆然と立ち尽くしたまま、何日も過ぎた。 これからどうすれば良いのかと、宛もなく問い続けていた。

気が付くと、ずっと吹雪しか見えなかったはずの視界が徐々に色を取り戻し始めている。 はじめは何が起きているのかわからなかった。

ざわめきの中にふと、ご神木の声が聞こえる。

それは僕の最期の想い。 天に届いていたのか、ご神木に不思議な力が宿っていた。

雪女の呪いを封印する力。

まるで湯けむりとともに相殺されていくかのように、ゆき姉をずっと取り巻いていた力の暴走が消え去っていく。

ご神木の傍にいる限り、もう吹雪に閉じ込められることはない。

そうして温かな空気を取り戻したゆき姉の周りには、いつしか動物たちが集まり始めていた。 その触れ合いの中で、少しずつ心に色が戻っていくのを感じていた。

はる坊に逢いたい。 またみんなの笑顔に包まれた穏やかな日々を送りたい。

いつしかそんな願いを抱くようになっていた。

一匹の猫が、ゆき姉に語り掛ける。

「それならまずこの場所を好きになってもらえるようにしましょうにゃ!」 「ここを……好きに……?」 「せっかく温泉が湧いてるんですにゃ!この神社を直しておもてなしできるようにしましょうにゃん!」

動物たちがゆき姉の願いに呼応し始める。 ゆき姉だけじゃない、みんなもこの故郷が好きだから。

神里温泉の神もまた、そんな彼らに大きな力を与え給う。 言葉、姿、能力、知恵。必要とあらば如何なるものさえも恵みとなってもたらされた。

そうしてこの奇跡の旅籠「神里温泉 湯庵 雪月花(かむりおんせん ゆあん せつげっか)」が始まった。

……

「そうだったんだ……」 「だから、ね?もう泣かないで!」

そっとタオルを差し出してくれる。 僕はぐしゃぐしゃのままだった顔を、いそいそと拭う。

「そっか……宿帳の名前、どうりで読み方を訊かなかったわけだね……」 「本当は苗字が読めなかったけど、はる坊って気付いたらつい動揺しちゃって……」 「なるほど、前世では僕たちは姉弟だったから、僕は『白咲 葉流(しろさき はる)』だったわけか……違和感あるなぁ……」

二人の空気に笑顔が戻った。

「でもこうしてまたはる坊に逢えたのは、昨日お祓いした彼女のおかげなのかもしれないね。」 「あ、そういえばあれって……?」 「九尾狐。私たちよりずっと力の強い精霊。」 「そ、そんなものが僕に……」

その瞬間、玄関の引き戸がガラっと開く。 そして一人の長身の男がぬっと入ってくる。

「一晩泊めてくれないか……」 「あ……」

ゆき姉がその顔を見て唖然とする。 何者だろう?格好がまるで時代劇のような袴姿だが。

「政右ヱ門……さん……」

その男の背後から黒いモヤのようなものが出ていたことに、このとき僕はまだ気付くことができなかった。

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