1. 玄関
  2. 朧の間 最新120件
  3. 雪月花
  4. 雪月花 第二十七夜 母

雪月花 第二十七夜 母

「……きれいだよね、それ」

ゆき姉の髪を、留めているもの。

銀の、笄。

「前から、つけてたっけ」 「……うん」 「……ふーん、そうだっけ」

それだけ言って、はる坊は、先に行く。

深く、考えている様子はない。

いつもの、調子だった。


けれど、その言葉だけが、残った。


夜。

部屋に戻り、笄を外す。

指に、ひんやりとした重さ。

いつから、身につけていたのか。

はっきりとは、覚えていない。


渡された。

それだけは、覚えている。

理由は、聞かなかった。


——聞かなくても、いいと思っていた。


思い出す。

昔、話したこと。

転んでも、赤くならなかったこと。

怪我をしても、痛みばかりで、血が出なかったこと。


「人には、言わなくていい」

そう、言われた。

深い理由は、聞かなかった。

聞いては、いけない気が、していた。


今夜は、なぜか、気になった。

神社は、もう、人の気配がない。

灯りの下で、帳面が、静かに閉じられる。


「……お爺ちゃん」

声をかけると、わずかに、視線が上がる。


「どうした」


笄を、差し出す。


「これ……どうして、くれたの?」


手に取ると、しばらく、沈黙。


「……そうか」


「……すまない、な」


それだけ言って、視線を落とす。


しばらく、黙ってから、


「これは……形見だ」


昔の話だと、前置きもなく。


吹雪の夜だったこと。

社の前に、籠が、置かれていたこと。


中には、赤子。

その脇に、この笄が、添えられていたこと。


姿は、見えなかった。

声だけが、吹雪の向こうから、聞こえた。


「この子を、お願いします」


名も、そのとき、告げられた。


「雪音を、どうか」


「普通に――育ててやってください」


「私のように、ならぬよう――」


そこまで語られ、言葉が、途切れる。


「どういう人だったのかは、分からん」


「だが」


「母親だったことだけは、確かだ」


笄が、手のひらに、戻される。


胸の奥が、静かに、揺れた。


驚きは、なかった。


噂話。

雪女。

遠くで、聞いたことのある、名前。

笄の冷たさが、指に、残ったまま。

名前だけが、胸に、沈んでいく。


「……私」


声が、かすれる。


「私は……」


遮られない。


答えも、急がされない。


夜風が、社を、通り抜ける。


笄が、かすかに、鳴った。


名は、そこに、置かれていた。


雪音。


それを、どう受け取るかは、まだ、決まらないまま。


――第二十七夜・了

プレイリスト
    おみくじ

    本日のあなたの運勢はです!

    駄菓子屋さんで当たり付のお菓子を買うと、当たってもう一個もらえたりしそう!

    本日のラッキーほっこりは 駅弁屋さんの牛そぼろ です!

    これまでのおみくじ結果