コワい話

ホラーというか怪談というかちょっとしたコワい話を( *´艸`)

飛び降りの影

部屋を借りるときにはよくよく気を付けた方が良い。 油断していると本当に後悔することになるから。

あれはまだ大学に通っていた頃。 その日はバイト終わりで自宅に帰るところだった。

自宅があるマンションは、こんな田舎にしては珍しい13階建て。 駐輪場で自転車を降りてエントランスに向かう前に、なんか気配がしてふと上を見たんだ。 そしたら屋上の縁のところに、今にも飛び降りそうになってる人影を見つけちゃったんだよ。

ヤバい! こんな時に限って周りに人もいないし、一体どうしたらいいんだ!?

急な出来事で軽くパニックになるも、とにかくその人影から目を離さないようにした。

最初は太陽の逆光でよく見えなかったけど、しばらくしてちょうど日差しが雲に隠れたんだ。 その人影はどうやら女性のようなんだけど、このとき何となく微妙に変というか、違和感があることに気が付いた。

まるで上体が宙に浮くように、屋上の縁から斜めに立っている。

え?もう飛び降りてる!?

しかし奇妙なことにその女性は縁に足を置いたまま、明らかに斜めの状態で止まっている。

その奇妙な光景に一瞬寒気が走り、そこに緊張感が入り混じって変な汗が出てくる。 目を離しちゃいけない気がする。とにかく大声で、危ないですよ!なんて叫んでみるが、何の反応もない。 助けを呼ばなきゃと思い、スマホを取り出し警察に電話しようと、一瞬目がスマホを見た瞬間……

どちゃ!

すごい音だった。

まだ蝉が鳴くような蒸し暑さの中なのに、背中はもはや真冬並みに凍り付いている。 落ちたと思われる場所が植え込みの向こうだったおかげで、生々しいものが見えなくてまだ助かった。

震える指でなんとか警察に連絡して、すぐに駆けつけてもらえることになった。 相変わらず周りに人気はない。こういうとき田舎は本当に困る。

しばらくして警官が到着。落ちるところを見てはいないものの、たぶんあの辺りですと説明する。 現場を見に行く警官。しかしすぐに戻ってきて、意外なことを言われる。 何もありませんよ?と。

そんなはずはない。確かに屋上の縁に女性が立っていて、目を離した隙にそのちょうど真下のあたりから落下音のようなものを聞いた。 動転気味の説明も虚しく、ないものはないと諭されてしまう。

恐る恐る警官と一緒に現場を見に行く。確かに何もない。 落ちたと思われる足元に何かが潰れたような古いシミみたいなものはあるが、それでは説明にならない。 おかしいな、確かにあそこから……と上を見た瞬間。

手遅れ。

耳元で声がしたかと思うと、もはやこの世のものとは思えないすごい形相をした女性の顔が目の前まで落ちてくる。

ぎゃあああああー!

腰が抜けてその場にぶっ倒れて、振り払うように思いっきりバタバタと暴れる。 横にいた警官にすぐに制されて、しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した。

この世のものではなかったのか。警官の話では、急に一人で叫んで倒れて暴れていたんだそうだ。 とにかく事実上は何事もなかった以上、警官にはよくよく謝っておいた。病院に行った方が良いと真剣に勧められたよ。

でももちろん病院なんかじゃなく、とにかくまずはお祓いだろうと。 もうどうしようもなく疲れてて怠かったけど、気合でその日のうちにちゃんと済ませた。

夜になって自宅にいると、ふとカーテンの隙間が気になった。 窓に何か紙のようなものが小さく折りたたまれて挟まってるようだ。 一瞬嫌な予感がしたものの、お祓いしてもらったんだから大丈夫だろうと、その紙を取って広げてみると……

見ててって言ったのに。

真っ赤な文字で歪な走り書き。紙から出てきた長い髪の毛がバラバラと落ちる。

うわあああ!

紙を投げ捨ててまた腰を抜かす。もうダメだ。

その瞬間、窓も開いてないのにカーテンが風でふわりとめくれる。 見ると窓のすぐ外に逆さまの女性が、昼間にも増してすごい形相でこちらを見ている。

恐怖のあまり訳も分からず足が勝手に動いて、気が付いたら靴も履かずに一目散にマンションから脱出していた。

とても自宅になんか戻れない。仕方なくその日は大学の友人に連絡を取り、快く泊めてもらえたのが幸いだった。

翌日、友人とも相談してもう一度除霊師のところへ。ことの顛末を話すと、それはあなた自身ではなく部屋とマンション自体をお祓いしなければならないと言われた。 入居前には事故物件についてちゃんと確認したのに、あのときそれらしい話がまったく聞けなかったことが今となっては不可解だった。

とにかくすぐに除霊師にお願いしてマンションに来てもらい、部屋にもお札やら盛り塩やらいろいろと増えた。 それから不動産屋にも状況を説明して、どういうことなのか改めて聞いてみた。するとこんな返答が。

実は以前この部屋に住んでいた女性が、マンションの屋上から飛び降り自殺したのだと。部屋からは遺書も見つかり、ちょうど窓のところに立てかけるように置いてあったそうだ。 ただ通常は部屋そのものが現場でなければ事故物件扱いにはならず、この件に関しては説明不足で申し訳なかったということだった。

まあそう言われても今更なんだよな……確かに事故物件じゃないと聞いたことで油断して、入居時に窓のところに貼ってあった謎のお札みたいなのを剥がしちゃったのも悪かったんだろうけど。 除霊師の人にはお祓いやら何やらいろいろしてもらったのに申し訳ないけど、身軽な学生の一人暮らしだったしすぐに引っ越すことにした。

次からはそこまで確認しとかないとなってことで、このときばかりはほんと良い勉強になったよ。

子供の殺意

私が住んでいるところの近所に、最近ちょっと有名になった場所がある。 海が広く見渡せる崖みたいなところで、インスタで騒がれたとかで急に人が来るようになった。でもそこには柵のようななものもなく、かなりスリリングなロケーションでもある。

しかも地元の人には良く知られているのだけれど、そこは昔から自殺の名所でもあったりする。 そんな危険な場所で、ある恐ろしい現象が起きているという噂を耳にした。

今では親子連れなども多く、物心ついたばかりのような子供もよく見かけるようになった。 そういう子供がふと、そこにいる人の誰ともなく……

「この人が崖から落ちるところを見たい!」 「この人なら突き落としても良いに決まってる!」

という、一見サイコパスのような思想とも取れる妙な興味に駆られることがあるらしい。

地元では当然、そこがそもそも自殺の名所だからだろうと言われている。 自殺者の怨念的なものというのは、理性ある大人にはほとんど効かなくて気づきもしないものでも、純粋な子供の心は簡単に乗っ取られてしまうことがあるそうだ。 とはいえ結局は親御さんの目もある中では子供たちも滅多なことはできず、今のところその現象による事件や事故は起きてはいない。

問題は子供にそう思われた人。 要するにその人はすでに、やがて悲惨な末路を辿るレールの上にいるということらしい。 その場で自殺のような行動に出なくとも、良くないものに取り憑かれていたり、強い恨みを買って呪われていたり、罰当たりなことをして祟られていたりと、何かしら不穏なものを背負っているということなのだと。

実は私も、かつてその場所で子供に突き落とされそうになったことがある。 そのときはぎりぎり気が付いて事なきを得たんだけれど、まさか自分が取り憑かれていたために起きていたとは思いもしなかった。 もっと早くそのことを知っていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。

最後に、こんな愚痴みたいな話を読んでくれて本当にありがとう。さようなら。

遺 書

写真素材サイト

フリーホラーゲームを作ろうと思って、ある有名な写真素材サイトを物色していたときの話。 そのサイトはいわゆる投稿型の素材サイトで、写真家たちがそれぞれのアカウント名義で自分の作品を写真素材として提供していくというスタイルだった。

実際にそのサイトに投稿している知り合いの話では、たった一枚の写真投稿でも審査が厳しく、公序良俗はもちろんのこと各種権利の所在、それに構図やピンボケに関してまでもかなりうるさくチェックされているとのこと。 だからこそダウンロードする側は安心して高いクオリティの素材探しができる、という仕組みになっている。

こういうサイトを覗いているときは本当に時間があっという間に過ぎてしまうもので、あのときも確か時計はとっくに深夜二時を回っていた気がする。

具体的に覚えてはいないが、ひたすら何かしらのホラーなワードで検索していたんだと思う。 「コワい」とか「不気味」とか入れるだけでもそれなりのサムネイルがずらっと並ぶわけだが、ふとそんな中に一枚だけ、ホラーとは全然関係なさそうなすごく目を引く綺麗な風景写真を見つけた。

素材として使えそうだと思ったわけじゃないんだが、サムネイルからして実に惹かれる画だったので何となく気になってしまい、その写真家のプロフィールページを見てみることにした。 写真家名はなんか変な文字化けみたいな感じでよくわからない。まあそういうセンスの人もいるのだろう。とにかくそこに並んでいる個人作品はどれもこれも素敵な風景ばかり。

全投稿件数の表示を見るとちょうど100枚になっている。個人ページのサムネイル一覧はページ送りが付いていて最新から順に20枚ずつ表示されるので、この人の場合は全5ページということになるだろうか。 とりあえずその最新の20枚を順に見ては当然のように気に入ってダウンロードしていくわけだが、その最後の一枚だけがちょっと異質というか、小さいサムネイルで見てもどんな写真なのかイマイチよくわからない。 しかも詳細表示してもなぜかその写真だけは画像が真っ黒。作品タイトルやタグに至るまで全部文字化けで意味不明。 よく見ると写真の右下に小さく赤い文字で「664」と書かれているのだけは読み取れた。

まあシステム上のバグみたいなものもあるのかもなんて思いながら、写真家の個人ページはもちろんブックマーク。気に入った作品はダウンロードしておこうと、ページ送りで次の20枚を表示。 また良さそうな写真がずらっと並んでいるのだが、やはり最後の一枚だけ同じように詳細を開いても意味が分からない。ただ真っ黒な画像の右下には同じように小さく赤い文字で「419」と書かれている。

もはや気にもならなくなってしまい、そういうのは普通にすっ飛ばしてさらに次の20枚を表示。 ここにきて写真のクオリティがやや落ちたというか、ちょっと閉塞感のある作品が多くなったような感じがした。色合いも暗めで画角も狭めになるアングルが多い。 まあ徐々に過去の作品に遡っていくわけだから、そんなふうに劣化していく流れも当然っちゃ当然かなと思いながら、気に入ったものがあればダウンロードしておこうという感じ。 そしてまた最後の一枚だけは同じように詳細画像も見えなければ説明もバグってるという、もはやお約束。ただ今度は画像中央に赤い「201」。

そして次の20枚。 このページはどれも写真の意図がよくわからない。何を撮ろうとしたものなのか、特に被写体もなければ風景という感じでもない。 薄暗い山林に無造作に放置されたゴミのようなものだったり、何となくぐちゃっと汚い排水溝の中みたいな画像だったり、とにかくもうダウンロードどころか見る気にすらならない不快なものばかり。 タイトルや作品説明はそれなりに素敵っぽい言葉が書いてあるんだけど、まるで写真の内容と合っていない。これは何かおかしい。 最後の一枚を開いてもこれまでと同様なんだが、今度は真っ黒い詳細画像にわりとはっきりと「94」の文字。ここにきてこの意味不明な一枚にも何か急に気持ち悪いものを感じたのは言うまでもない。

そして最後の20枚。これは見てはいけなかった。 小さなサムネイル画像からすでに伝わってくる血生臭さ。詳細なんてとても開く気にならなかった。 その日はもう気分が悪くなってしまい、そのままPCの電源を落としてさっさと寝た。当然眠れなかったけど。

翌日になって、あの変な写真家の作品をかなりの枚数ダウンロードしていたことを思い出す。もう昨日の出来事からしたらどんな綺麗な風景写真だろうと全削除したくなるわけで、急いでダウンロードファイル一覧を開く。 しかしここで死ぬほど後悔した。フォルダを開いたときに画像ファイルが自動的にサムネイル表示される設定になっていたことをすっかり忘れていた。 そこにあったのは全部、あの見たくもなかった最後のページの画像。ファイル名は全部「4.jpg」になっている。 すぐに閉じてフォルダごと削除。変なきっかけで二度と復活しないように、その上から削除ツールまで使ってPCから完全削除しといた。

そういえば個人ページのブックマークも削除しとかないと。でももはや指先が震えるほど気持ちが焦っていたせいで、ブックマークを右クリックしたときに間違って「削除」じゃなく「開く」を押してしまった。 その個人ページはなぜか昨夜と違って写真家の名前は「土ニカエルマデ」。写真のサムネイルも「-1」というタイトルの一枚だけになっていた。内容は人物写真のように見える。

また気分が悪くなったのでとにかく急いで閉じて、ブックマークも履歴も完全に消去した。

ストリートビューで異世界へ

ちょっと前まで働いてたオフィスでの話。 その日は自分と自分の隣のデスクのAだけで深夜残業。時間はもうすぐ日が変わろうかというあたり。

ふと見ると、作業に疲れてきたのかAがグーグルマップで遊び始めている。地図をかなり縮小した状態でストリートビューの黄色い人型アイコンを適当な場所に落として、ここどこだろうねーみたいな。 自分もちょっと休憩しようと思って下の自販機から缶コーヒーを買ってきて、しばらく場所当てゲームをすることに。

田舎の田んぼのあぜ道だったり工場地帯の真ん中だったり、かなり歩いてみてもわからないときはギブアップということでマップで答え合わせ。 そんな遊びを何回かやってたんだが、あるときドロップの瞬間にカーソルがズル滑りしてしまった。

どこに落ちたのかよくわからんのだけど、そのときに開いた景色はなんか不気味な山の中の廃道みたいな場所だった。

とりあえず今度はどこなんだろうってことで歩いてみるんだけど、ずっと同じような山道が続くだけ。 目印らしいものと言えば途中で神社の鳥居のようなものを潜ったくらい。その横にボロボロの立札で「淀間入峠」なんて書いてあったけど、それがどこなのかはよくわからない。

仕方ないので今回も答え合わせーってことで現在地マップを開いてみたんだけど、なぜか真っ黒。変にズル滑りさせたせいでバグったのかもと、そのときは思った。

答え合わせができないのも気持ち悪いのでその「淀間入峠」って名前で検索してみると、心霊スポットのような情報がいくつか出てくる。 でもそれらをよくよく見ていくと、どうやらその心霊スポットは「淀間入の首吊り峠」とかいうネット小説に登場する架空のものっぽかった。

さすがにちょっと意味がわからないので、とりあえずもう少し見てみようってことで歩を進める。 でも結局行けども行けども見通しの悪い山の廃道の景色が続くだけ。途中で似たような鳥居は何度か潜ったけど。

いや待て。これは同じところをぐるぐる回ってるだけなんじゃないのか。ふと鳥居の前で立ち止まると、横には見覚えのある「淀間入峠」の立札がある。 分岐みたいなところもない一本道だったはずだし、やっぱりこれは何かがおかしい。

「サンカイ……」

確かにそう聴こえた。Aの声じゃない。か細い女の声がPCのスピーカーから聴こえたんだ。 三回ってことだろうか?よくわからないが、なぜかAには聴こえていなかったようだ。

今思えばここでやめておけば良かったんだと思う。でも怖いもの好きのAがもうちょっと調べようなんて言い出して、仕方なく探索を続けることに。 本当に他に行けるところはないのか?本当に他に手がかりのようなものはないのか?ただの山道もカーソルを隅々まで動かして手探りしながら進む。 そして結局これと言って何もないまま、また同じ鳥居のところに戻ってきてしまった。

「ヨンカイ……」

やっぱりだ。今度はAもはっきり聴こえたらしい。 その瞬間、オフィスが停電し真っ暗に。同時に自分とAのスマホから不気味な警告音みたいな音が鳴り出す。 そしてガタン!という音とともにぐらぐらと揺れ始める。まさかこんなタイミングで地震と停電だなんて、心臓が飛び散るかと思った。

翌日、Aは会社を休んでいた。昨日の体験がよほど応えたのだろう。 同僚のBに昨夜のことを話すと、意外な答えが返ってきた。

「昨日地震なんてなかったけど?」

そうは言ってもあれだけはっきりと揺れたし、その前に自分とAのスマホには地震速報の警告音も流れていたということを熱弁する。 「警告音ってこういうやつだっけ?」

Bがおもむろにスマホから鳴らしたそれは、紛れもない地震速報の警告音。 いや、昨日鳴った音じゃない……昨日のはもっと気持ち悪い、変な不協和音だった。

Bがさらに調べてみると、昨日の深夜にここから400kmくらい離れたS県で大きな地震があったそうだ。 そしてその地震があったあたりには、通称「四度参りの峠」と言われる心霊スポットがあるという。その山中にある古い鳥居は、四回続けて潜ってはいけないという古い言い伝えがあるそうだ。 あまり知られていないが、例の「淀間入の首吊り峠」というネット小説のモデルになった場所らしい。

もちろん、昨夜ストリートビューで見た場所がその実在する心霊スポットだったんじゃないのか、という説もすぐに否定された。 そこは以前から立ち入り禁止区域の山中で、そもそもストリートビューのデータなど存在しない。

かなり心配になったので、終業後にAに連絡を取る。少し疲れが出ただけということだったが、念のため除霊しに行こうと誘う。 幸い週末だったので、翌日は朝から自分とAの二人で高名な霊媒師のところへ。

ことの顛末を話すと、それはネット小説の作者の怨念だと言われた。 「淀間入の首吊り峠」の作者は、この作品を書き上げた直後に本当に首吊り自殺したのだと。

とりあえず自分とAに取り付いた怨念を清める儀式を済ませてもらったが、ストリートビューの中でやってしまった「四度参り」の呪縛を完全に解くには、逆回りの「四度参り」をしなければならないという。 怨念を清めた今はもうストリートビューで繋がってしまうことはない。つまり本当にそのS県の「四度参りの峠」に行って逆回りの儀式をしなければならないということになる。 もし呪縛を解かずに放っておくと、今はオフィス全体が霊的な人質に取られているような状態のため、今後は社員の誰にどんな災厄が降りかかっていくかわからないそうだ。

翌早朝、自分とA、そして気がかりなことがあるということで昨日の霊媒師の人も同行し、その山奥の心霊スポットへ向かう。 先の地震でのダイヤの乱れも心配される中、日が落ちてしまうと非常に危険ということで新幹線まで使ってS県まで飛ばし、どうにか午前中には最寄のT駅という無人駅に現地入りできた。

ちなみにここまでの移動中、念のため今もネット上に掲載が残る「淀間入の首吊り峠」に目を通しておいた。 その内容は、ある女性が恋愛成就のために四度参りの儀式を行うが、成就の暁に差し出す生贄として恋人が選ばれてしまい、結局女性が身代わりになって首を吊る、というもの。 確かに悲しい話ではあるが、これを見た直後にやけにAの元気がなくなったような気がした。やはりまだ何か良からぬものが取り憑いているのだろう。

T駅から田舎道をひたすら歩く。ここから先はどう見ても自己責任と言わんばかりの柵を乗り越え、真昼間だというのにいよいよ景色は何やら禍々しさを増していく。 地震の爪痕らしき崩落に気を付けながら薄暗い山中の廃道をひた進み、時間がちょうど正午に差し掛かるころにはとうとう実在の鳥居の前に到着した。

そしてその鳥居の前には、ストリートビューで見たのと同じような古びた立札があった。そこにはあるはずのない「淀間入峠」という架空の地名が、なぜか左右反転の鏡文字で書かれている。

どういうことなのかわからないが、とにかくここで大事なのは「逆回り」をしなければならないということ。間違って順回りなどしてしまったら今度こそ取り返しがつかない。 何しろ逆回りかどうかがわかるのは昨夜の二人の記憶だけが頼り。よくよく考えて相談して方向を決め、いよいよ「逆回り」の儀式を開始する。

ストリートビューでは得体の知れない山道をくねくねとけっこう長く歩かされたように感じたが、実際に足で歩くと一周だいたい10分くらいで元の鳥居のところに戻ってきた。 その調子でどんどん歩を進め、ちょうど三周したときだった。

「サンカイ……」

どこからともなく「あの声」が聴こえてきた。Aにも聴こえたようだ。 何か嫌な予感がする。霊媒師も何かがおかしいと言う。立ち止まってもう一度よく景色を観察してみる。

左右反転の鏡文字というのがやはり引っかかる。ストリートビューで見た景色ではそんな違和感はなかったはず。つまり景色そのものが左右逆になっていたということかもしれない。 霊媒師によれば無暗に途中で振り返ることは危険だが、儀式をやり直すことはできるという。念のため、指示に従ってここまでの儀式を一旦リセットした。

時間だけが無駄に過ぎていく。焦る気持ちを抑えながら、今度はさっきと逆方向に歩き始める。 そしてまたちょうど三周しようかというときだった。

「……ィァクナス!」

妙な声だった。やはり方向が間違いだったのだろうか。いやしかしこの不自然さはどこかで……そう、まるで音声を逆再生したときのような声だ。 立ち止まってまた考える。逆再生されているということは、呪縛は解かれる方向にあると考えるべきだろうか?

時計を確認するとすでに三時を回っている。覚悟を決めるしかない。

恐怖と迷いが入り混じった鉛のように重い足取りを、気合いで進めていく。 しかしようやく半周くらい来たところで、急に自分とAのスマホからあの不協和音が鳴り出し、同時に足元がぐらぐらと揺れ出す。激しい揺れに、三人とも崩れるように倒れ込む。

遠くでどーんという地滑りのような音が響いたが、地震はやがて収まる。何か強力な霊力が我々の行動を拒んでいるように感じると、霊媒師が言う。 こんなに寒い季節だというのに焦りと恐怖で変な汗がだらだらと流れている。とにかく儀式を完了させなければ、一体何のためにこんなところまで来たのかわからない。竦んで動かない足に鞭打ってまた歩き出す。

しかしここからがまた異様だった。行けども行けども鳥居がない。途中どこかで道を間違えてしまったのか。 焦る気持ちばかりが先行し、冷静さを欠いていく。

時計はついに四時を回ってしまった。辺りがいよいよ薄暗くなってくる。世にも恐ろしい気配が背後からひたひたと迫ってくるようだった。 諦めて帰るしかないのか。いや、もうまともに帰ることさえできないのかもしれない。

さらにどれくらい歩いただろう、薄暗がりの向こうにようやく鳥居の影らしきものがぼんやりと見えてきた。 はやる気持ちに一瞬足が軽くなったが、それもすぐに止まってしまう。鳥居に何かがぶら下がっている。

長い髪がばさりと垂れる、真っ黒い服の女の首吊り死体。

儀式の完了は目前だというのに、恐ろしすぎてもはや一歩も動けない。というより気持ちはすでに全力逃亡寸前。

しかしふと見るとAがふらふらと鳥居に近づいていく。霊媒師が制止する声すら耳に入らない様子。 どうも様子がおかしいと思っていた。やはりAはまだ怨霊に取り憑かれたままだったんだ。

鳥居の下でAは足を止め、ゆっくりと死体を見上げる。 その瞬間、首を吊っていたロープが切れてAの上に死体が落ちる。

あまりの出来事に思わず霊媒師と二人顔を見合わせたのも束の間、すぐに鳥居の方を見返したのだが、なぜかそこにはAの姿も首吊りの姿もない。 ほんの一瞬のうちにAとともにすべてが消え、ただ元の鳥居だけが静かにそこにあった。

恐る恐る鳥居に近づくが、もう何の異変もない。とにかく儀式だけをきっちりと終え、すぐにAを探す。 しかしすでに日が暮れかかっていたこともあり、とうとうAを見つけることができないまま帰ることになってしまった。

あれから一年、結局Aは行方不明のままだ。 起こった出来事を詳細に話したところで、何の証拠もなければまるで雲を掴むような話。どうしようもない。

霊媒師は今でも心配して時々連絡をくれる。 そういえば自分たちに同行してくれたときに気がかりなことがあると言っていたが、どういうことなのか尋ねてみた。

Aに除霊の儀式を執り行ったあの日、彼の首に小さな銀細工が下がっているのが見えたという。 そのちょうど一年前、やはり同じように霊媒師のところに尋ねてきたある女性がいたのだが、彼の首にあったその銀細工はかつて彼女のために作った特別なお守りとよく似ていたのだそうだ。

ふと何となく例のネット小説が気になった。幸いまだ削除されてはいなかったので、久々にまた読み返してみる。 一度読んだ話なのですぐに読み終わろうとしたのだが、その結末だけが変わっていた。

「二人は手を取り合い、ともに生贄として淀みの間に入っていった。」

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