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アイアンマーダラーズ

あの子は……いや、アレは人間じゃない。

シャツを大量の血に染めて興奮気味に息を切らす男。 赤子を抱きかかえながら、その様子を不安そうに見つめる女。

大丈夫、この子に必要なものはすべて揃ってる。 普通に暮らすんだ。俺たちは普通の家族として。

もう心配ない。

そのブロンドの美しい少女はとても賢く、また素直だった。 少しわがままに育ったのか時々癇癪を起こす性格だったが、それくらいは世間的にもよくあること。 両親からはとても将来を有望視され、そして何より愛されていた。

今年もいよいよ夏休み。今回は水晶湖という観光地にやってきました。 パパやママ、それに親せきのみんなも集まってバーベキューをお腹いっぱい食べようと、ずっと前からとっても楽しみにしていたよ。

実はユーチューバーとしても私、けっこう有名なんだ。 ほらほらこのお肉、今日のためのとっておきなんだって!美味しそうでしょ?

またパパったら、バーベキューはグリルとは違うなんて語り出して。その話はもう聞き飽きました! 親戚のおじさんたちはお酒飲んでるから笑ってくれてるけど、私とママはちょっと不機嫌。

もう酔っ払いたちは放っておいて、私ちょっと森の奥まで散歩してみます!キノコの見分け方を教えてあげる! ママに心配かけたくないから、あんまり遠くには行けないけどね。

あれ、何だろう?あそこに誰かいるみたい。 でもなんだかもやもやして見えづらいな。 あ、消えちゃった。おかしいな、幽霊だったのかな?

……よし、編集終わり!今日の動画をアップするよー! ねえママ、今日ね、森の奥で幽霊を見たんだよ?

翌日、ママとパパを連れて昨日幽霊を見た場所まで来てみたんだけど……なんか変なの。 お墓みたいなのがぽつんとあるだけ。

ねえアナタ、どうしてあの子のお墓が……ここにあるの?

なんだかママの様子がおかしいみたい。声が震えてる。

誰かの悪いイタズラ……にしては手が込みすぎてるな。

パパも恐い顔。一体これが何だって言うの?

まさかとは思うが、一応念のため確認しよう。

いきなりお墓を掘り始めるパパ。恐いよママ……

大丈夫、やっぱりこっちもただの箱だ。何も入っちゃいない。

その日を境にパパもママもなんだか様子がおかしいの。 声をかけても上の空だし、目を合わせてもくれない。ママもなんだか怒りっぽい。 どうしちゃったの?

それに私、毎晩おかしな夢を見るの。 あれは私なの?すごく私にそっくりな子が、黒い影に襲われて…… 私、血だらけになったその子とずっと目が合っているの。目が覚めるまでずっと。

恐いの。恐くてもう眠れないの。 でもママもパパも私の話なんか聞いてくれない。 パパはお酒に酔った勢い任せにいつも、俺たちは普通の家族なんだからいいんだ、気にするなって怒鳴って……ママとも喧嘩ばかりして…… どうして?どうしてみんなこんなに苦しんでるの……?

オワリニシテアゲタホウガイイノ?

そうだ、まずは私がパパもママも苦しみから解放してあげればいいんだよね。 この前見ちゃったんだから、パパが倉庫にステキなオモチャ隠してるの。 あ、このお面もカワイイな!

パパもママも、もう苦しまなくていいよ。

ほら、これでやっと静かに眠れるよね!良かった! でもパパは私と一緒にこれからもデートだよ? こうして髪に留めてあげて、と……あは、カワイイ! これで私たち、もう自由なんだよね?

これは躾だよ。わかってるね? はい……パパ……

この薄暗い地下室に繋がれてから一体どれくらい経つのか。 もう痛みもない。

ただ自分の目を自分で見てるのが不思議だった。 この左目は悪魔の目だよ。悪いものばかり見えるから、今日からパパが預かっておく。

頭蓋骨を深々と貫いたままになっている包丁からは、まだ赤いものが滴っている。 喉が渇いた……ママに会いたいな……

アナタ、どうなのこの子の左目は?

ああ、大丈夫。これで問題なく見えるようになるはずだ。 輸血後の拒絶反応もどうにか治まっている。

よかった……じゃああとは……

ああ、アレの始末だけだ。

地下室にエンジンの轟音が響く。 もう自分の悲鳴も聞こえない。

ママ、ごめんなさい……ごめんなさい…… 私さえ生まれてこなければ。

まわりの子と違うのは、わかっていた。

その泣き声はただか細く、か細く消えていった。

暗雲を切り裂く閃耀。 「地下室」を貫かんばかりの一筋の落雷とともに、運命の歯車が回り出す。

ここはどこ。 暗闇の中で目が覚めた。

冷たい水たまりから、重い体をゆっくり持ち上げる。 力が入らない。

手探りで近くの壁につかまると、スイッチを押したのか部屋に薄っすらと明かりが付いた。 ぼやけた視界の中で最後の記憶が蘇る。

パパ……ママ……私、まだ……

じゃらじゃらと切れた鎖を引きずりながら、光を求めて地上へ。

雨がそぼ降るその景色は、静かな田舎の一軒家。

懐かしいな。 パパもママも、元気にしてるかな。

その瞬間、再びあの悪夢が閃光のように襲ってくる。 頭が割れそうに痛い。

どす黒いものを吐き散らしながら、溢れる感情に涙が止まらない。 そうだった、パパもママも私が……

部屋の中は凄惨だった。 見たくなかったけど見ずにはおれなかった。

体中が悲しくてその血だまりの中に崩れ落ちる。 どうして……

地下室には、パパの形見があった。 私に会うときにいつも付けてたお面。それに……

そう。今度は私が、私を殺す番。

二つの仮面は、呪われたあの地へ集う。 かつての血塗られた惨殺事件は人々の記憶からとうに失われ、今ではもはや平凡な観光地となったはずだった。 しかし……

そう、このお墓。 私の幸せが奪われた場所。

自由はとても素晴らしいけど、どうしてもこいつのせいで眠れない。 もういい加減、消えちゃいなよ。

エンジンの轟音が共鳴し、重い黒鉄の音が交差する。

どうして……どうして、パパとママを殺したの?

はあ?あんたが私の幸せを壊したからじゃない! あんたこそ、いい加減私を恨めしそうに見るのはやめてよ!

お互い死ぬことのない体から、永遠の血しぶきが上がり続ける。

その左目で……私の左目で、パパとママの最期を見たのね?

あんたの左目!?

そう、あなたは私。私自身。 その体に流れる血も、私の血。 あなたは私の代わりに創られた、パパとママの理想のクローン。

私がニセモノだって言うの!? あんたなんかに……あんたなんかのどこにそんなことを言う権利が……

でもそれが真実。

ふざけるなあぁぁー! 私は私だ! オマエナンカジャナイ!

傀儡と指差された悲しみが、叫びとなって赤き夜を染める。

それからどれほどの時が経っただろうか。

もはやどんなに抉っても、どんなに切り刻んでも、消えることのない悪夢。 血の雨が無限に降ろうとも、どこまでも続くコロシアイ。 幾度となく引きちぎれては再生する体。

憎しみでは終わらない。

でも一つだけ、たった一つだけこの絶望の連鎖を止める方法、お互いの想いを遂げる方法があることを、二人は知っていた。

私たちはただ、ただ普通の家族として幸せに暮らしたいだけだった。 そう願えば願うほどに、運命の歯車が狂いゆく皮肉。

死ぬほどの痛みが果てなく繰り返されようと、声を上げてかき消してしまえば耐えられる。 なのにお互いの肌を、肉を傷つけ合うたびにこみ上げるその悲しみには、もうとても耐えることができなかった。

息を削る二人はやがて動きを止め、静かに向かい合う。 その手から黒鉄の凶器を落とし、目を合わせたままゆっくりと歩み寄る。

私たち、どこでどう間違えたんだろうね。

お互いに右手で相手の胸にそっと手を当てる。 そしてその手で一息に体を突き破り、お互いの心臓を握り合った。

それはまるで、時が止まったようだった。

……感じる? ……うん、お姉ちゃん。

温かい。

優しく閉じた目から涙がこぼれる。

パパ、ママ、ごめんなさい。 一緒に帰ろう。

懐かしいわが家へ。

惨劇の終止符。 それは親の血を浴びた体でお互いの心臓を握りつぶすこと。

ねえ、お姉ちゃん!みんなで食べるごはんはやっぱり美味しいね! ふふ、そうね!パパ、ママ、いつもありがとう!

二人で一つの名が刻まれた墓石の周りには、今も一面に花々が咲き乱れるという。

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