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雪月花 第十九夜 村の記憶

村は、平穏だった。

山深かったが、そこはたくさんの湯治客で賑わい、いつも人々の笑顔が溢れ――

桜が咲き、蝉が鳴き――

山が色づき、そして――

雪に、閉ざされる。

美しくうつろう季節が、一つ、また一つと。

そんな村の片隅に暮らす、年端もゆかぬ、一人の少年。

両親を早くに亡くした、身体の弱い、孤児。

そして村の決定により、少年を懸命に看病する幼き少女。

「おかゆ、できたよはる坊」

少年は、はる坊、と呼ばれていた。

「ありがとう……ゆき姉」

そして少女は、ゆき姉。

村の長を務める神主に育てられた、拾い子だった。


桜の咲く季節。

村では、湯治客の笑い声が、湯煙に溶けていた。

湯屋の前では草履が並び、囲炉裏端では、旅人と村人が同じ鍋をつつく。

噂話と、季節の話と、病が良くなった、という報せ。

誰かが治り、誰かがまた訪れる。

それが、当たり前の村だった。


少年の家は少しだけ、村外れにあった。

静かで、風の音がよく聞こえる場所。

囲炉裏の火は、いつも小さく、だが、消えたことはなかった。


「今日は、具が多いね」

はる坊が、椀の中を覗いて言う。

大根と、少しの芋と、刻んだ青菜。

それだけで、いつもより白い。

「お爺ちゃんのところから、おさがりをもらったの」

ゆき姉は、何でもないことのように言った。

祭りの残り。 供えられて、役目を終えた食べ物。

村の神に捧げられ、それから、人の口へ戻るもの。


はる坊は、それ以上は聞かなかった。

聞かないことが、礼儀だと知っていたから。


冬が近づくと、村は少しずつ、静かになっていく。

客は減り、山道は細くなり、荷の数も少なくなる。

それでも村は、冬の支度を怠らない。

薪を割り、味噌を仕込み、干し菜を軒に下げる。

生きるための手順を、皆が、黙ってなぞる。


その中で、はる坊とゆき姉だけは、いつも通りだった。

薬を煎じ、粥を炊き、夜を越す。

誰にも褒められず、誰にも咎められず。

ただ、「そういうもの」として。

雪が降り始めた夜。

村は、ひとつ、息を潜めた。

湯の音だけが、いつもより、はっきりと聞こえていた。

それが、生きている証のように。

――第十九夜・了

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