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雪月花 第二十五夜 思春

あれから、いくつも春が過ぎた。

はる坊は、もう「坊」と呼ばれるほど、小さくはなかった。

神社の朝は早い。 掃き清め、水を汲み、祝詞の声を聞く。

神主の爺ちゃんの後ろに立つ姿は、村の者にも、すっかり馴染んでいた。


ゆき姉は、雪月花で働いていた。

仲居として、客を迎え、膳を運び、湯の案内をする。

所作は、女将さんに似てきたと、言われることもあった。

それを聞くたび、胸の奥が、少しだけ、くすぐったくなる。


「ゆきちゃん、お運び、お願い」

声をかけてきたのは、同じ村の姐さんだった。

年は、ゆき姉より少し上。

物言いがはっきりしていて、笑うときも、泣くときも、迷いがない。

「ほら、考えてる暇ないよ」

そう言って、さっと盆を持つ。

その背中を、ゆき姉は、何度も見送っていた。


休みの合間、板場の裏。

誰もいないのを確かめてから、女将さんの真似をして、包丁を握る。

野菜を切る。 切りすぎる。 火を入れすぎる。

味は、うまくいかない。

「……向いてないのかな」

呟いて、そっと片づける。

料理は、まだ、夢のままだった。

夕方、神社の前で、はる坊とすれ違う。

「あ、ゆき姉!今日もお疲れ様」 「うん」

それだけで、十分だった。

姐さんが、その様子を見て、くすっと笑う。

「仲、いいんだね」 「……普通です」

そう答えながら、胸が、少しだけ、ざわついた。


夜、仲居たちの話。

言葉より先に、笑いが走る。

それが、何の話かは、ゆき姉には、分からないまま。

いつも、そうだった。


部屋に戻り、笄を外す。

月明かりの下で、銀が、静かに光る。

理由は、まだ、聞いていない。

聞かなくても、いいと思っていた。

でも、胸の奥に、小さな棘が、増えていく。


湯気の向こうで、笑い声がする。

雪月花は、今日も、変わらず、あたたかい。

その中で、ゆき姉だけが、ほんの少し、立ち止まっていた。

春は、また、巡ってくる。

そのたびに、何かが、積もっていく。

まだ、誰にも、言えないまま。


――第二十五夜・了

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