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雪月花 第三十九夜 余計

雪月花。

今日は、花見を控えた日。

昼の帳場は、最高潮に忙しい。

満開の桜と、温泉粥。

それを目当てに溢れる客が、順に、腰を下ろす。

そこに、一人、見慣れた影。

薬売りだった。

背の箱を、いつもより、そっと、降ろす。

「いやあ……年ですなあ」

腰を、さすりながら、苦笑する。

「こう毎日、重たい箱を背負ってますと、情けないもんで」 「今日はひとつ、万病に効くと評判の、お粥を戴きたいと」

場の空気が、少しだけ、ざわつく。

「自分の薬で、治せばいいと、お思いでしょうが」 「村の方には、随分、買っていただきましたし」 「せめてもの、恩返しです」

そう言って、席につく。

姐さんは、言葉に反応することなく、ただ黙って、粥を運んだ。

湯気。 白。 静かな、匂い。

薬売りは、一口、すくう。

――間。

「ほう」 「これは……優しい」 「腹に、負担が、ない」

周囲の客が、ほっと、息をつく。

「なるほど、わかりました」

薬売りは、そこで徐に、薬箱に、手をやった。

「こういう粥には、これが、合う」 「血の巡りを、よくして――」

その瞬間。

「――あんた」

姐さんの声は、低かった。

薬売りの手が、止まる。

「ここはね」 「楽に、なりに来る場所だよ」

客の視線が、集まる。

「体が、軽くなった」 「眠れた」 「それで、十分なの」

薬売りは、笑おうとする。

「いや、私はただ――」 「不安が、増えるような」

姐さんは、一歩、踏み出す。

「余計な話は、ここには、必要ないから」

空気が、張る。

薬売りは、ゆっくり、粥を置いた。

「……商売に、口を出されるとは」 「こっちの台詞」

ぴしゃり。

「うちの客の体に、余計な線は、引かせない」

一瞬、薬売りの目が、冷える。

だが、すぐ、肩をすくめた。

「なるほど」 「この粥に感じた、邪な気配は、そういうことでしたか」 「ん?」 「本当の病を隠すため、目の前の安心ばかり」 「大方、そこにいる、上物の女将――」 「それが目当てでこの宿には、金のある男が、吸い寄せられる」 「そういうことでしょう」 「……ッ!あんた!」

姐さんが、何かを言い返す隙も与えず、嫌味なほど余計に金を置いて、薬売りは、さっさと宿を出る。


外で待っていたのは、疵の男と、一味。

薬売りは一瞥し、不満そうに、小声で。

「ここではもう、稼げん。次の村を探す」

一行はそのまま、人目を避けるように、足早に、宿の裏手へ。

角を、曲がった、その先。

ゆき姉が、籠を抱えて、出てきた。

「――あっ」

声が、重なる。

肩が、ぶつかり。

ゆき姉は、足を、取られた。

石畳に、膝を、打つ。

「……いたた」

薬売りは、一瞥だけして、吐き捨てる。

「邪魔だよ」

そのまま、行く。

ゆき姉は、慌てて、立ち上がろうとする。

膝に、手を、当てる。

――血は、出ていない。

赤くも、なっていない。

いつものように、痛みを、飲み込む。

「す、すみません」

誰にともなく、言う。

疵の男は、足を、止めていた。

視線は、膝。

皮膚。

石に打ったはずの、そこ。

音も、衝撃も、確かだった。

なのに――


春に気付かぬ、冷たい風が、ひとつ、通り抜ける。

疵の男の目が、細く、なる。

言葉は、ない。

ただ、背を向ける。

ゆき姉は、痛みを、引きずったまま、板場へ、戻っていく。

その背中を、疵の男は、一度だけ、振り返った。


――第三十九夜・了

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