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雪月花 第四十三夜 対峙

朝。

板場の裏。

湯気はある。 鍋の音もする。

――それでも。

疵の男は、換気口の奥を、一度、覗いた。

いつも見えていた背中が、ない。

「……」

板場に入り、短く問う。

「娘は?」

返事は、ない。


神社。

境内は、静まり返っていた。

社の奥。

戸は、閉じられ、紙一枚、乱れていない。

「……」

疵の男は、一歩、踏み入る。

人の気配は―― ない。

戸を開け、床を踏み、天井を鞘で叩く。

――逃げた、か。

そう判断した、その時。

「随分と――」

声。

背後。

「物騒なものを、持っておるな」

振り向く。

爺ちゃんが、そこに、立っていた。

疵の男は、刀には、手をかけない。

「……護身だ」 「そうか」

爺ちゃんは、一歩、前に出る。

「して」 「何をしに来た」

疵の男は、低く、言った。

「……娘は、どこだ」

爺ちゃんは、答えない。

ただ、前に、立つ。

「そうか、なれば力ずくだ」

男が踏み込んだ、次の瞬間。

――視界が、跳ねた。

床。

天。

回転。

疵の男の身体が、宙を、舞っていた。

「……ッ!?」

どうにか、受け身を取る。

即座に体勢を立て直し、もう一度。

踏み込む。

触れた―― と思った瞬間。

腕が、自分のものではない方向へ、持っていかれる。

足が、勝手に、浮く。

「この……」

疵の男は、歯を食いしばる。

「このジジイ……」 「妖術でも、使うのか」

爺ちゃんは、息を乱さない。

「技だ」 「人のな」

二人の間で、空気が、軋む。

刀は、まだ、抜かれていない。

少し離れた場所。

ご神木の影。

(くそ……最後っ屁だ。これでも――喰らえ!)

薬売りは、凄い形相で、赤い札のようなものを、五寸釘で、ご神木に、打ち込んでいた。

その瞬間。

だん!

と、爆ぜるような音。

社の木戸を破り、跳ね飛ばされる、爺ちゃん。

それを追うように、社から――

疵の男が、悠然と、姿を現した。


――第四十三夜・了

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