雪月花 第三十夜 俯伏
村に戻ると、人の気配は、思ったほど多くはなかった。
捜しに出ていた者と、様子を見に来た者。 その程度だ。
声は、自然と低くなる。
しかし、視線だけは、避けようもなく集まる。
「……ゆき」
誰かが、名前を呼びかけかけて、途中でやめた。
その前に、爺ちゃんが一歩出る。
「今日は、もう休ませてやってほしい」
低い声だった。
言い切りで、余計な言葉はない。
「見ての通りだ。すまないが……話は、また改めてということに」
一瞬、小さくざわつく。
だが、引き留める者はいない。
それぞれが、それぞれの考えを胸に、道を空けた。
ゆき姉は、俯いたまま、何も言わない。
その背に、姐さんが、そっと手を添える。
はる坊は、少し離れた場所で、立ち止まったままだった。
その夜。
神社の脇の庵。
灯りは、小さな行灯ひとつだけ。
ゆき姉は、座布団の端に、身を縮めて座っている。
爺ちゃんは、正面ではなく、少し横に腰を下ろした。
向き合わない距離。
「……疲れた、な」
それだけ言って、しばらく黙る。
ゆき姉は、膝の上で、指を絡めたまま。
やがて、ぽつりと。
「……ごめんなさい」
声は、ほとんど消えそうだった。
爺ちゃんは、すぐには返さない。
一度、深く息を吐く。
「訳はな……」
そう前置いてから、続ける。
「今、無理に言わなくていい」
ゆき姉の指が、わずかに強く絡まる。
「分からないままでもいい。うまく言えなくてもいい」
間を置いて。
「だが――」
声は、変わらない。
「何もなかった顔で済ませる――それだけは、あってはならんよ」
爺ちゃんは、初めて、ゆき姉の方を見る。
「ゆっくり休んで、明日でいいから――」 「自分の言葉で、自分の気持ちを、きちんと伝えなさい」
責める調子ではない。
諭すでもない。
ただ、道を示す声だった。
ゆき姉は、顔を上げない。
それでも。
小さく、一度だけ、頷いた。
――第三十夜・了
