雪月花 第四十八夜 追憶
――え?
……死んだ?
ここで?
違う、そんなはずはない。
そんなはずは――
だって、"俺"が死んだのは――
――鬼が、嗤っていた。
目覚めると、薄っすらと、天井が見える。
知らない匂い。
藁と、土と、囲炉裏の煙。
――ゆき姉!
思い出したように、身体を起こす。
と、同時。
「お、目ぇ覚めたか!」
知らない声。
振り返る間もなく、急にぐらりと眩暈がして、また倒れる。
「無理すんな。ひと月も寝てたんだからよ」
ひと月――
そんなに、長く眠っていたのか。
「母ちゃーん、粥炊いてくれー!若ぇの、目ぇ覚ましたぞー!」
粥――
粥か。
あれから、何があったのだろう。
ここは、どこだ。
ゆき姉は――
聞きたいことばかりが、頭の中を巡っていた。
「……桜村だよ。白咲村の隣の」
「……え?」
一拍。
「どうして俺、隣村なんかに……」
「……ああ、お前さん、知らねえんだな……」
その表情に、不吉がよぎる。
「なくなったんだよ、白咲村」
一瞬。
何を言われたのか、わからない。
なくなった、とは。
「……まあ、その話は追々だな」
「まずは体、治してくれ」
家の夫婦は、良い人たちだった。
親切な看病のおかげで、はる坊は、それから三日と経たず、すっかり歩けるようになっていた。
「お前さん、湯治じゃなく村のもんだったのか」
「はい……神社の付き人でした」
村がどうなったのかは、自分の目で見た方がいい、と。
家の主人と二人、白咲村へ向かって歩き出す。
ひと山を越えると、やがて、見慣れた景色。
村の入り口――
違和感。
「これ……」
そこにあったのは、村、だったもの。
荒れてはいない。
ただ、人の気配だけがない。
異様だった。
「消えちまったんだとよ、人が」
「え?」
主人が語る。
最初に村の異変に気付いたのは、湯治客だったらしい。
温泉粥の評判を聞きつけ、期待に胸を膨らませて訪れた。
だが、そこにあったのは―― 人のいない村。
春の只中だというのに、風はやけに冷たく、雪の跡さえ残っていたという。
そしてご神木の根に、倒れていた一人。
つまり、はる坊だった。
息があったから、隣村まで担いだ―― というわけだ。
そうしていつしか、噂が立った。
この人ならざる災いは――
雪女の仕業だと。
そういえば村で、雪女を見た――
山の神に触れた、なんて――
根も葉もない――
いや……
そして、村の真ん中には、慰霊の石が建てられていた。
白咲村は、忌地となった。
懐かしい、見慣れたはずの道。
湯。
どこにも、
――いない。
雪が、ひとひら落ちた。
それが、
ここにまだ残っている―― 最後のもののように見えた。
――第四十八夜・了
