雪月花 第四十九夜 痕
「傷の手当?」
主人は、きょとんとした顔をした。
「俺、気を失う前に……刀で刺されてたはずなんです」
「刀ぁ……?」
露骨に、引いているのがわかった。
だが、事実だ。
「さあなぁ……ここに運ばれてきたときゃ、傷なんて一つも……」
「え……」
不思議だった。
確かにあのとき、はっきりと、刃が体を貫いた感触があったのに。
けれどどう見ても、傷跡一つ、残っていない。
――ゆき姉に、また救われた。
ふと、そんな気がした。
忌地は、雪女の仕業、と言っていた。
雪女。
ゆき姉は――
今も、きっとどこかで――
「は?雪女がどこへ行ったかって?」
「はい。何か、聞いた話でも」
「……んー」
妙に長い間だった。
その沈黙のあいだ、どこか、哀れみのようなものを向けられている気がした。
「まあ……その年なんだし、わかってるとは思うんだけどよ……」
「雪女ってのは、本当はいねぇわけで……」
「近づいちゃいけねぇ、危ねぇものをな」
「子供でもわかるように、そういう話にしてあるってことでな……」
それを聞いたとき――
胸の奥に、何かがこみ上げた。
わかっていた、はずなのに。
幽霊だって、本当はいないのと同じ。
でも――
じゃあ。
この命は――
この想いは――
いったい、誰が――
あの長い、病の床――
あの長い、雪の夜に――
何度も――
何度も聞いた――
あの物語は――
ねえ、ゆき姉――
また、あのお話。 してよ。
――いいよ。
――してあげる。
その声と――
あの月の光の下で見た、ゆき姉の姿が――
重なっていた。
――第四十九夜・了
