雪月花 第六十四夜 道
いつの間にか、また泣き疲れるように眠って――
そして。
「……さん」
声に、目を覚ます。
ぼんやりとした視界。
雪の上に立つ、人の足。
「え……?」
見上げると、
そこにいたのは、三人。
二人の少年と、一人の少女。
……見知らぬはずなのに、どこか、面影がある。
「ごめんなさい、びっくりさせて……」
少女が、そっと言う。
「私たちの姿……どう見えてる?」
返事が、できない。
「神域の重なる境界は――」
「想いが、形になるの」
「あなたの心が、受け入れてくれたから」
「だから、私たち……」
少年たちが、軽く肩をすくめる。
「ま、完璧ってわけじゃニャいですけどニャ」
「動物のままでいるよりは、役に立てますぜ」
その言葉に、ようやく実感が追いつく。
顔が、崩れた。
「ほら、そういう顔しないの」
少女が、やさしく肩を抱く。
「ところでよ」
猿のような少年が、首を傾げた。
「忌地を癒すったって……どうすりゃいいんだ?」
「ンー……せっかく温泉あるニャし」
猫の少年が、指を立てる。
「足湯とかどうですニャ?」
「幽霊って足ないでしょ」
即座に兎が返す。
「癒しなら、リラクゼーションでしょ普通」
「いや、飯だろ飯」
噛み合わないまま、言い合いが始まる。
その光景を――
ただ、遠くから見ていることしかできなかった。
「……あなたは」
ふいに、兎がこちらを見る。
「どうすればいいと思う?」
「……」
答えられない。
何をしても。
何をしても――
消えないものがある。
だから。
ただ、首を振ることしか、できなかった。
兎は、少しだけ目を伏せる。
「……そっか」
「ごめん」
沈黙。
――想っているだけでは、何も変わらない。
それもまた、事実だった。
ふと。
女将の声が、聞こえた気がした。
あんなふうに、癒すことができたら。
春風のように――
ただ、そこにいるだけで。
「迷ってても仕方ないですニャ」
猫が、ぽつりと呟く。
「昔、ボス猫から聞いた話ですニャが――」
「記憶の残る場所には、願いも残るらしいのですニャ」
「場の力が集まるところニャら」
「その願いの声も、聞こえるはずですニャ」
場が、静まり返る。
「……つまり?」
猿が訊ねる。
「ここニャら――ご神木ですニャ」
「そこで、皆の念を合わせて」
「輪郭を作るのですニャ」
「きっと……形になりますニャ」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
ただ、その意味の重さだけが、場に残る。
やがて。
全員で、ご神木に手を当てる。
「念は、強すぎてもだめですニャ」
「きちんと伝わるように――」
「全体を、思い描くのがコツですニャ」
目を閉じる。
木の内側を流れるような、微かな鼓動。
耳を澄ます。
雪は、音もなく降り続く。
湯けむりの匂い。
そして――
言葉にならない、何か。
どれほど、そうしていたか。
ふと。
湯とは違う、香り。
目を開ける。
――そこにあったのは。
膳いっぱいの、ご馳走だった。
「……え」
ぐう、と。
猿の腹が鳴る。
「あ……」
沈黙。
「……あのさ」
兎の声が、低い。
「すいやせん……腹が減ってたもんで、つい」
猿が、照れ笑いを浮かべる。
「……まあ、戴きものですしニャ」
「腹が減っては何とやらですニャ」
猫は、もう箸を伸ばしている。
その様子を横目に、兎が小さくため息をついた。
「……せっかくだから、雪音さんも一緒に……」
「……いえ、私は――」
そのとき。
雪が、わずかに強くなった気がした。
――第六十四夜・了
