雪月花 第六十五夜 雪月花
一人、
ご神木を見上げる。
――お爺ちゃん。
想いを、きちんと伝えるって――
どういうふうに……。
あのときも。
自分の言葉で、と。
お爺ちゃんに、言われて――
……なのに。
結局、何も。
――女将の言葉が、よぎる。
気持ちが先に立つと……
言葉は、あとから。
……
満開の桜。
その下で、はる坊が笑っている。
あんなふうに――
あんな……
……だめ。
俯いちゃ。
息を、ひとつ。
「……もう一度」
ご神木に、そっと手を当てる。
静寂。
今度は――
急がない。
やがて。
湯の気配の奥に、かすかな"声"。
――いる。
皆。
ここに。
耳を澄ます。
言葉ではない、それでも確かに"願い"。
重なっていく。
ひとつ、ひとつ。
ほどけて、繋がって――
――信じて。
進みなさい。
その瞬間。
白い光が、静かに満ちた。
「……雪音さん」
呼ばれて、顔を上げる。
「これ……」
そこにあったのは――
懐かしい、景色。
――雪月花。
あのときと、同じ。
笑顔が、帰ってくる場所。
言葉にならないまま、立ち尽くす。
ぽろり、と。
ひとつ、落ちる。
「……できた」
兎の声。
「……できたよ、雪音さん」
「……これが、皆の願い」
「ちゃんと……届いた」
その言葉で、ようやく。
堰が、切れた。
胸の奥に溜まっていたものが、音もなく崩れる。
――ああ。
届いたんだ。
その実感だけで、もう。
何も、言えなくて。
抱きしめられるまま、泣いた。
声もなく。
ただ、溢れるままに。
ありがとう……
皆……
――お爺ちゃん。
――第六十五夜・了
