雪月花 第六十六夜 偽る
旅籠の中。
囲炉裏の炭が、静かに爆ぜる。
あたたかい。
これが、皆の願いの形。
懐かしいのに―― どこか、知らない。
ここで、私……
来て……くれるのかな……
皆……
……
「ワガハイは温泉ソムリエをやりますニャ」
唐突に、猫。
「……は?」
兎の視線が冷たい。
「昔、旅館で家猫をやっていたのですニャ」 「任せるですニャ」
続いて猿。
「あっしは板前ができやすぜ」 「伊達に猿軍団やってたわけじゃねえですから」
……
兎は、視線も送らない。
「はあ……」 「……あのね」 「わかってるんだよね、ほんとに?」
猫は胸を張る。
「わかってますニャ」 「とにかくやる、ですニャ」
……
小さく息を吐く。
「……まあ、役割は必要だよね、皆」
そして。
「雪音さん」
「……ここの女将さんに、なってくれるんですよね?」
……
女将。
言葉が、重く沈む。
でも。
俯くことは、もうできない。
桜は――
思い出せない。
ただ、白いものだけが、降り続いている。
……
それでも。
せめて――
「ところで、雪音さんって」
兎。
「"雪音"だけなの?」 「苗字は?」
苗字。
……わからない。
「まあ、そうだよね……」 「でも、女将さんらしくするなら」 「やっぱり、名前は――」
「苗字ニャら、土地の名前が自然ですニャ」
猫が口を挟む。
「……じゃあ、ここは確か……白咲村?」
白咲。
その名を、口の中でなぞる。
逃げ場は、もうない。
「……白咲、雪音」
それが、ここで生きる名。
――第六十六夜・了
