雪月花 第六十七夜 理解
雪は、変わらず降り続いている。
囲炉裏の火も、湯の香も、ここが誰かの願いでできていることも―― もう、わかっている。
だから。
ここで、やらなければならないことも。
忌地を癒す。 迷い込んだものを、送り出す。 皆の苦しみを、少しでも軽くする。
女将として。
……それが、私の役目。
それでも。
ふとした瞬間に。
どうしても――
思い出してしまう。
あの声。
あの背中。
……はる坊。
会えたら。
何を、言うつもりなのか。
わからない。
赦してほしいのか。
ただ、会いたいだけなのか。
……どちらも。
きっと、同じくらい――
身勝手で。
こんな場所で。
こんな形で。
まだ、そんなことを願っている。
……違う。
これは、償いなんかじゃない。
私は――
目を閉じる。
雪の音だけが、静かに積もっていく。
いつか、きっと――
……
じゃあ。
はる坊は、ここには――
笄の光が、静かに収まる。
月明かりは、変わらず慰霊碑を照らしている。
「ええ、俺は確かに鬼に焼かれて死んだ」 「記憶があります」 「だから、ここで待っていても――現れませんよ」
雪が、また降り始める。
俯いたまま、動けない。
音もなく。
「……でも、あなたが――」
「やめてください」
遮る。
「俺は、はる坊じゃない」
「それに」
「やっと、はっきりわかったんです」
「俺がこんなに生きづらいのは――」
間。
「赦せるはずが……ないでしょ」
沈黙。
生まれたときから、病気扱いだった。
怪我をさせるからと、閉じ込められた。
意味の分からない発作。
医者にも分からない。
肌の色が、突然変わる。
気味悪がられる。
ついには、「お前のためだ」と――
高額な霊媒師に連れていかれて。
鬼、だとか。
……何だそれ。
意味が分からない。
どうしろっていうんだ。
合気は、救いだった。
応用して、自力で制御できるようになった。
もちろん独学。
誰にも、相談できずに。
一人が、楽だった。
飯も、旅も。
いつも一人。
迷惑でもいい。
引きこもることだけは、どうしてもできない。
動いていないと、発作が来る。
でも――
ここに来てから。
なぜか、収まっている。
……まあ。
何かあるんでしょうね。
そういう場所、らしいし。
「中二病って、言われ続けましたよ」
翌日の夜。
バー耳兎。
チェリーブロッサムを呷る。
別に、飲みたくもない。
でも、おごりだ。文句は言えない。
「……まさか」
「女将さんに、何か言ってないよね」
兎の目が、冷たい。
「言ってませんよ、たぶん」
「……たぶん?」
「まあ、本音というか」
「前世か何か知らないですけど」
「あいつ、キショいって――言ったかもですけど」
空気が、張る。
「……は?」
「ええ、わかってますよ」
遮る。
「でも、これ以上巻き込まないでください」
「俺にも、生活がある」
兎が、小さく息を吐く。
「……あのさ」
「ちゃんと理解してる?」
「何を」
「ここは、境界の狭間」
「時間は、止まってる」
「生活とか――関係ない」
黙る。
「それに」
「どうやって帰るの?」
「私たちにも分からないよ」
「現世に帰る方法なんて」
視線は、上がらない。
無言で、酒を呷る。
一息。
「……助けてもらったことは、感謝してます」
「でも、帰りますよ」
「ここにいたら、俺――」
言いかけて、やめる。
「……とにかく、探します」
「危険でも」
兎が、目を逸らす。
「……そっか」
「まあ、そうだよね」
「迷い込んだだけだもんね」
「私たちとは、違う」
間。
「何もできないけど――頑張って」
空気が、冷える。
……でも。
帰らないと。
ここにいたら、きっと――
――第六十七夜・了
