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雪月花 第六十九夜 面影

「すみません……助かりました」

ロビーの囲炉裏で、改めて礼を言われる。

その物腰に、どこか面影を感じる。

宿帳にはただ、「幽花」と。

この人はきっと、あの村のどこかにいた――


連れていた子供が、女将に懐く。

だが女将は――

袖口を掴んだまま、その手は、伸びなかった。


「ワガハイと遊びますニャ」

猫が、子供に声をかける。

「面白い玩具、教えてあげますニャ」

子供は、しばらくじっと無言で見上げて――

すっと、女将の陰に隠れる。

「……」 「……ま、そういうこともありますニャ」

ため息交じりに、肩をすくめる猫。


やがて兎の案内で、部屋へと落ち着く客。

女将と二人、ロビーに残された。


何て声を掛ければいいか、わからない。

伏し目がちのまま、無言。

炭の爆ぜる音。

静寂。


「……」


声を掛けようと喉まで出かかったが――

女将はそのまま、何も言わず背を向けて。

いずこともなく、去ってしまった。


夕方。

誰に頼まれたわけでもなく、玄関の雪かきを終えたとき。

ふと、裏庭に気配を感じた。


そこには、幽花の姿。

慰霊碑の脇の、小さな句碑。


それをただ、一人でじっと見つめている。


夢と、いつはる。


やがて、袖口で目元を。

……泣いていた。


その姿を、ただ遠くから見る。


そしてその様子を――

廊下から、女将も一人、見つめていた。


夜。

食事。


「こんな美人のお客さんとあっちゃあ」

酒猿が、腕によりをかける。

今夜はお子様用のお膳まで用意して。

そして食前から、淡雪神恵をお酌する。

とっておきじゃなかったのか、と。


「どうです?い~い酒でしょ?」

酒猿が、いつにも増して饒舌だ。

猫も兎も、ただ肩をすくめるばかり。


やがて、酒猿の十八番が始まる。

だが、その声はどこか上ずっていた。


宴の跡。


幽花に、兎が声をかける。


「……すいませんでした、すごい剣幕で……」 「いえ……楽しませてもらいました、とても」


柔らかな笑顔。

それは、どこか女将以上に女将らしい。


「でも……お客さんって……」 「すごく、何て言うか……」 「飾ってる感じ、しないのに」 「ちゃんと、届くっていうか……」 「……」 「なんか、いいなって」


沈黙。

ほんの一瞬。


「……ありがとうございます」


少しだけ、目を細めて。

それ以上は、何も言わなかった。


「あ、あの……」

兎。


「すいません、何か……変なこと」 「せっかく、楽しんでいただいてたのに……」


間。


「……いいえ」


「でも――」 「ここに来られて、良かったなって」


「この宿は、不思議と」 「懐かしい匂いがするんです」


「私を、全部」 「わかってくれているような……」


言いかけて、ほんの少しだけ、言葉を飲み込む。


それは、不思議な笑顔だった。


安堵とも、悲しみとも。


――諦めとも。

ゲームコーナー。


子供がやけに懐いてくるので、一緒にワニを叩いていると。


湯から戻った、幽花。


湯の香りが、ふわりと。


近い。

思ったよりも。


「すいません、この子のこと……」 「あ、いえ……」


何気なく、立ち話。


子供が、二人の間に入り込む。


袖を引いて、何かを見せようとして。


思わず、二人して同時に覗き込んだ。


一瞬、顔が近づく。


――そのまま、少しだけ並んでいた。


自然と、笑顔になる。


子供も、懐く――


……何だろう、この感じ。


一瞬……


言葉にする前に、やめた。


背後で――

足音が、遠ざかっていった。


――第六十九夜・了

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