続いて築地方面へ向かいつつ浅野内匠頭邸跡へチェックイン( ˘ω˘ )
さて永代橋を渡りまして永代通り。現代の地図では鍜治橋通りを斜めに下りた方が目的方向へは近いんですが、ここを敢えて本当の足跡に近いルートということでこちらの歩道橋を渡り路地を下っていく方向へと入って参ります( *´艸`)こだわりルート
途中、通りの銀杏並木がこちらも鮮やかでございました。今年は塩原の紅葉から見始まっているのでまぁー紅葉が長くて良いですね(*´▽`*)
鍛冶橋通りに合流しまして亀島川に架かる高橋を渡ります。ビルの高さが心なしか高くなってきてるような気配?( ゚ー゚)シムシティでいう地価が高い感
雨に濡れる亀島川公園を横目にさらに川沿いに下りて参ります。晴れてりゃこんなんめっちゃ良い休憩スポットぢゃろうに( ;∀;)
そんな雨濡れの公園はまづもって写真素材にせっかくなので♨
写真ACでダウンロード昭和初期の歴史的建造物である日本不動産ビル脇から中央大橋を望むスポット。なかなか映えます( *´艸`)
佃大橋にぶつかったら高架に沿って佃大橋通り方面へ。そろそろハラヘリにて角のファミマとかが目を引く感じになって参りましたぞ(*´ω`*)
居留地中央通りを渡り歩道橋下をさらに直進、もうそろそろ次の忠臣蔵ポイントである聖路加国大大学が見えて参りましょう( ゚Д゚)ここの角もセブンやったでー
浅野内匠頭邸跡東京都中央区明石町10-11 聖路加国際病院横
ほしてとうちゃこーの聖路加国際大学こと浅野内匠頭邸宅跡にござりまするるる~!まあ邸宅はめっちゃ広かったみたいなので大学敷地をもってしても全域にはならぬそうで……8,974坪の上屋敷はざっと現在の明石町10・11番と1番街区の南半分に相当とのことで……( ;∀;)さすがやね大名屋敷
浅野内匠頭切腹の後にその正室の阿久里は瑤泉院となったことで知られますが、実は元々の院号は壽昌院であって、しかしそれが将軍綱吉の生母である桂昌院と昌の字が重なるとは何事か、しかも罪人の妻という立場であろうということになって、35日の法要が済んだところで瑤泉院と改めたという経緯があるのだそうで(´・ω・`)お辛い時代やで
ちなみに最初にもろた古地図では⑦に相当する浅野上屋敷……うーん江戸城から見るとちっちゃってなるけどこれ聖路加国際大学よかそれでも広いんですからねぇ~;つД`)
大学と言えば内匠頭弟の浅野大学を立ててのお家再興が叶っていれば討ち入りはなかったんですからねぇ~……ほんと、幕府直属高家旗本という吉良の立ち位置が如何に忖度されてたか……そりゃそこに火ぃ付けちまっちゃあ国を揺るがす大事件にもなりますぁなぁという、そんな築地川公園のこれまた見事な紅葉でございました~Ψ( ̄∇ ̄)Ψさーハラヘッタぞー
そんな紅葉はモチのロンで写真素材でっしΣp[【◎】]ω・´)キシャーキシャー
写真ACでダウンロード浅野内匠頭邸跡 - 東京都中央区明石町10-11 聖路加国際病院横
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