ここからはエクストラステージ!大石内蔵助自刃の地へ( ゚ー゚)
さて行列が終わりその後も人混みに揉まれながら、一旦ここでツアー終了にてイヤホンなどを返しお疲れ様の挨拶。そしてここからは個人的にガイドさんに付いていくという形で大石内蔵助自刃の地へと向かうエクストラステージへ突入~( *´艸`)だいたい8割くらいは参加でした
道中右手にございまするは東京三大豆大福の松島屋さん。ちな日曜定休につき本日はお休み……義士祭なのにねぇ~残念です( ;∀;)
大石良雄等自刃ノ跡の碑。こちらの奥、ちょうど中学校の手前あたりに目的の史跡がございます( ˘ω˘ )
にしてもこちら都営住宅とのことなんですが……高輪ともなるとこんなデザインも入るわけですのん……さすが港区;つД`)公営でもシャレオツ
そんな空中廊下のデザインはまづもって写真素材にも戴きながらの~( *´艸`)
写真ACでダウンロードこちらが目的の「大石内蔵助 外十六人忠烈の跡」にござりまする。こちら中央義士会の管理地でございますれば、本当はカギを借りてきて扉の中まで案内もできたそうなんですが、如何せん今日というこの人混みにあってはカギを取るだけでもいつまでかかるかわからんということでそこまでは断念となりまして( ;∀;)みんなもう歩き疲れてるしな
ガラス戸から中を覗くと塀で囲まれた土地に石がいくつか。どうやら右に見えるあの座布団のような石が内蔵助自刃の直後に置かれた説があって、つまり自刃の地点を示しているのではとされているのだそう( ˘ω˘ )
この場所は大石らがお預けになった細川家の庭の一角なわけですが、大石含め17人もの切腹を執り行うに当たってはかなり「ハイ次」という感じだったのは間違いないそうで……名前読み上げとかの形式的にはちゃんとやるけどなるべく合理化して手間を減らすという概念はあったらしく、たとえば介錯は完全に首を落とさず皮一枚を残すというのも、完全に切り離すと背中側に倒れて後始末が大変というのがあったからなのだそうですな((((;゚Д゚))))THEリアリズム
あとよく議論の的になるのが、浅野内匠頭は本当に吉良上野介を仕留めるつもりがあったのかどうかということ。脇差みたいなもので斬りかかったとされるわけですが、そういうものでやるなら袈裟懸けでなく突きでいくものだろうという勢もいるそうで。武士たるものそのくらいの判断ができる訓練はしているものだと( ;∀;)
そこでガイドさん、実際にどのくらいの長さの刀だったのかというレプリカを用意してくださっていて。まぁ実際見る限りだとそこそこ長いですよ。しかも背中側から斬りかかってるわけですし、浅野内匠頭がそこまで未熟だったとは思えない感じはしました(;^ω^ )名誉のためにも
江戸城 松の廊下の原寸大セットが凄い 映画「元禄忠臣蔵」1941年 よりただねーこれそもそも論なんですけども、還暦近くの吉良上野介から陰湿なパワハラモラハラを受け続けてですよ、詳細を記録に残すのも憚られるような嫌がらせに耐えに耐えかねてですよ、言うなればブチ切れて斬りかかったわけですよ。史実的に見たってそんなスナイパーみたいに冷静に仕留めるだとか何とかという心情なわけがないですよ。ぶん殴ってやりたい的な感情を込めたらそりゃ振りかぶりますでしょっていう個人的なアレもあります。昨今のドラマのようにドスを構えるアレとは場面そのものが違いますし、そもそも計画的にやる気だったならもっと場所を選ぶでしょうし……(´;ω;`)
……いや待て、これもしかしてブチ切れたんでなく「やるなら今しか」というスイッチだった可能性もあるんかな……討ち入りだってあれだけ綿密にやらないと成功しなかったくらい普段から護衛だの何のに囲まれてる雲の上の人なわけで、刀持った状態で直接対面できるチャンスなんてそもそもほぼないと考えるとですよ、じゃああの時点で斬りかからなかったらその後どうなっていたのかということですよ……いや、でもそれなら突きだわなーそこは……確かに遺恨か乱心かではっきり遺恨って答えてるわけやしなぁ;つД`)33歳だろ浅野内匠頭
まあ……何だかんだ色んな感情やら判断やらが頭ン中をぐちゃぐちゃと駆け巡った結果があの形と。つまりとにかくどんなに偉くても人を虫けらみたいに扱っちゃいかんと、こういう教訓ですわな……あとちなみに刃傷を止めに入る形ですが、映画で見るような羽交い絞めは史実ではないそうで、吉良上野介と梶川与惣兵衛が対面で話していたところに浅野が背後から斬りかかり、数太刀浴びせたところで梶川与惣兵衛が浅野の正面に割って入って止めたようなんですな(´・ω・`)命賭けやん
ドリフ 松の廊下あとこのドリフのコントに象徴される有名な「式台の上で待つべきか下で待つべきか」の問い。これに吉良は「先刻ご承知のはず」と返しているわけですが、これ映画では語られないですが実は浅野はこのお役目が2度目であったという史実があるそうですな……それでも吉良に教えを請わねばならないのは、意外とこのへんの仕来りというのがその時々の背景によって左右される、つまりは吉良がルールブックだった状況というのがあるそうで、2度目だからといってすべてが前回と同じとはならなかったのだそうな(´;ω;`)やっぱ意地悪やな
大石良雄外十六人忠烈の跡 - 東京都港区高輪1-16-6
- 03-3534-0666(中央義士会)
- 無料
- 24時間 年中無休
- 泉岳寺駅より徒歩12分
- 駐車場なし
- ウィキペディア
- ※掲載当時に個人で集めた情報のため正確でない場合があります。ご了承ください。
都営アパート空中廊下 - 大石良雄外十六人忠烈の跡(東京都港区高輪1-16-6)
- ※掲載当時に個人で集めた情報のため正確でない場合があります。ご了承ください。
