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2020年 2月 令和二年 如月

2020年 令和二年 2月!極寒を耐え抜けば春はすぐそこ!梅の季節ですね

「ストリートビューで異世界へ」「ニエの神」の余計な裏設定コーナー( ;∀;)

コワい話第1作「ストリートビューで異世界へ」のプレストーリー「ニエの神」がどうにか書きあがったので、何となくメイン人物2人のイメージをCHARATにしてみましたよ( *´艸`)

まずヒロインの方。作中では一切触れませんが、実は眼鏡かけてます。あと裏設定的にですが、名前を姉崎穂香としています。そのうちどこかで出てくるかも( ^ω^ )

霊感がやたらと強いホラー小説作家。「淀間入の首吊り峠」の作者です( ;∀;)

主人公はITエンジニア系。名前は綾都幸司。別に綾小路きみまろから取ったわけじゃなく、実はU字工事から取って何となくコウジという音にしました。ストリートビュー~ではAとしか呼ばれませんΨ( ̄∇ ̄)Ψ

性格は内気ですが行動力はそこそこあります。次作ではプログラミング知識を活かした何かかっこいいエピソードでも作ってあげたいなぁ。「龍が如く極2」の狭山薫みたいな

ニエの神

僕は最近、気になっている子がいる。 毎朝の通勤電車で同じ車両に乗ってる子。

ボックス席でたまたま居合わせちゃったりしたら、もう恥ずかしくて顔なんかとても上げられない。 だからそういうときは彼女のカバンにぶら下がってる〇ッキー〇ウスのキラキラした飾りを、終点までひたすら凝視することになったりして。

今日もそんなわけで朝から首が痛い。 なにか彼女と繋がりを持てるきっかけでもないものか。

しかし僕の趣味と言ったらホラー小説を読んだりホラー映画を観たり、最近は仕事のプログラミング知識を活かしてホラーゲームを作ったりと、いずれにしてもあんまり積極的に共有していけそうなものはない。 まあ強いて言えそうなことといったら、そのゲームに使う素材の撮影も兼ねてよく旅行に行くようになったってことくらいかな。

そんなある週末、僕はとある田舎の駅に到着した。 今日は会社の同僚が個人的にやってるYouTube配信用の心霊スポット動画を撮影する約束だ。 ついでに僕のゲームに使えそうな素材も撮れるといいな。

歩いて数分のところにある古い神社が今日の目的地。 さっそく撮影の準備をしていると、ここでとんでもない奇跡が起きる。

向こうの方で楽しそうに喋りながらスマホで神社を撮影している女子3人。 なんとその中に彼女がいたのだ。

思わず唖然としながら見ていると、それに気づいた彼女の方から僕に声をかけてきた。

いつも朝会いますよね?って。

まさかとは思ったが、彼女も怖いもの好きのホラー小説作家だったのだ。

僕らは途端に話が弾んでしまい、その日の帰りにはみんなで一緒に夕食まで付き合ってもらってしまった。 心霊スポットが繋ぐ恋なんてのもあるものなのか。内気な僕と違って明るい彼女を見ていると、そんな出会いがまるで嘘のように思えてくる。

ちなみに彼女の仕事はOL。ホラー小説は趣味で書いていて、よくそれ系の投稿サイトに投稿しているんだとか。

それからは毎朝顔を合わせるたびに距離が縮まっていくのがはっきりわかった。 ただ彼女についていろいろ知っていく中で、彼女が書いている小説については一切教えてくれなかった。 もちろん本名では活動していないため、探したところでどれが彼女の作品なのかすらもわからない。 曰く、それを言っちゃったら怖くなくなっちゃうから、ということらしい。

そのうち僕らは休みの日にもちょくちょく会うようになった。 実はまだはっきりと気持ちを伝えてはいないんだが、もう傍から見れば完全に付き合ってるようにしか見えなかっただろう。

そんな関係が何となく続いていて、出会ってちょうど半年くらい経った頃だろうか、ある朝彼女の様子がいつもと違っていたので何かあったのか聞いてみた。 どうやら彼女にとって唯一の家族である母親の容体が芳しくないらしい。 会社に許可をもらってしばらく看病に専念するつもり、ということだった。

そして彼女がいない朝が続く。 その間も僕らは控えめにLINEで状況を伝え合ったり、たまには声が聞きたくて電話で話すこともあった。

しかし三か月後、とうとう彼女の母親は他界した。 家族葬と言ってもすでに親戚もおらず、結局彼女一人で弔うことになるそうなので、僕で良ければと弔問を願い出た。 遠くS県で行われた葬儀。すべて略式で行われ特に手伝うこともなかったのだが、いてくれるだけで嬉しいと、彼女はずっと泣いていた。

その後しばらくして、いつもの朝の通勤に彼女が戻ってくる。 もう大丈夫と気丈に笑顔を見せてくれるが、僕にはもちろんすぐにわかってしまった。

その週末、さっそく彼女に会った。 こういうことを話すのはまだ早いかとも思ったが、僕はもうすべてを打ち明けることに決めていた。 しかしその話を切り出す前に、彼女の方から意外な話を打ち明けられる。

実家に戻ることに決めた、と。

実家と言ってももうそこには誰もいない。 しかし今度は私が母親の跡を継いで先祖代々の墓守をしなければ、というのだ。

時代はもはやそんなことに縛られる風潮にはないはず。 だがそこが彼女らしい。 僕が魅せられているこの彼女特有のオーラみたいなものは、まさにそういう精神から生まれて来るんだと思う。

結局、名目上付き合ってはいないので別れようという切り出しでこそなかったものの、つまりはそういう話。 僕には今の仕事がある。それに家族も近くに住んでいる。 それらを一切鑑みずに、いっそのこと今ここで想いを告白してS県の実家で一緒に暮らそうだなんて、そこまで飛躍した話ができるほどそのときの僕には自信も覚悟もなかった。

それからの彼女とのLINEでは必ず最後に口癖のように、ごめんねと言われる。 しばらく眠れない日々が続いた。

彼女の引っ越し前日、僕は最後の思い出作りにと、彼女とディ〇ニーに出かけた。 彼女のカバンに付いていた〇ッキー〇ウスの飾りは、幼いころ母親に一度だけ連れて来てもらったときに買ってもらったものなのだそうだ。 帰り際、彼女はありがとうと必死に笑顔を作りながら、涙を浮かべていた。

逆に辛かったかな。 ちょっと後悔しながらも、翌日僕は新幹線で去っていく彼女を見送った。

もうLINEや電話をすることもない。

しかしその後の彼女のいない日常がこんなにも空虚なものになるなんて、まったく想像できなかった。 本当にありえないほど虚しい。 好きだったホラー系の閲覧も、途中だったホラーゲーム作りも、すべて彼女を思い出してしまって一切手に付かなくなっていた。

ただその分、仕事だけは順調だった。馬鹿みたいに打ち込むことでせめて一時だけでも彼女を忘れようとしていたのかもしれない。

それから二年の月日が流れた。 その日もやはり馬鹿みたいに仕事をして、夜中に会社を出た。 終電はとっくにないので徒歩で帰路に就く。 そもそもそんなことを続けていたせいで疲れが溜まっていたことと、それでも彼女を忘れられないストレスで精神的に参っていたこともあったのだろう。 一体どこをどう間違ったのか、気付いたら夜中の道路をぶっ飛ばすタクシーに派手に跳ね飛ばされていた。

それから三日の間、生死の境を彷徨ったらしい。 目を覚ますと病院のベッドの上。そこには両親の姿と、そしてなぜか彼女の姿があった。

まだ朦朧とする意識の中に、まさに天使が舞い降りたかのようだった。 目の前で喜ぶ両親の顔をろくに見ることもなく、その後ろで涙ながらに微笑む彼女からとにかく目が離せずにいた。

翌日、ようやく少し口が利けるようになったが、彼女の姿はもうなかった。 両親には彼女のことを何も話していないので、まさか彼女を直接呼べるはずはないし。 逆に両親から会社の同僚じゃないのかと聞かれてしまったが、何とも説明がしづらく曖昧な返事でお茶を濁してしまった。

退院は意外にも早かった。後遺症はなくリハビリもほとんど不要。奇跡的だった。 僕はすぐ彼女に電話した。そのときはまだ、そもそもあれは都合のいい幻だったんじゃないかとすら疑っていた。

しかし幻なんかではなかった。 何となく胸騒ぎがしたから、なのだと。

こんな恋愛ゲームみたいな神掛かった話があるだろうか。

この瞬間、僕の中で何かが切れた。 もう自分の気持ちに逆らって彼女のことを忘れようとするのは金輪際やめる。

半ば勢い任せに電話口ですべての気持ちを吐き出し、そっちで一緒に棲む方法はこれから考えると息巻いた。 もし新しい彼氏なんかがいても全力でぶっ飛ばしてやる。そんな風にさえ本気で考えていた。

まるでそういう僕の気持ちを汲み取るかのように、彼女は今もずっと一人なのだという。 もともとホラー小説を書くというインドアな趣味だし、新しい職場でもおじさんやおばさんたちとの付き合いはあっても、出会いらしい出会いなんてまったくないのだと。

それからというもの、また彼女との繋がりがある日々に心を躍らせながら、僕は着々と移住計画を進めた。 さすがにS県で新たに今のような仕事を探すのは難しそうなので、とにかく今の会社を辞めずに済むように、上司にリモートワークを説得するための環境づくりやら、非常勤のバックアップをしてもらう後任者選定やら、それはもう業務外の色んな所を駆けずり回った。

そんな数か月に及ぶ努力がようやく実り、いよいよ計画が現実味を帯び始めてきたころ、唐突に彼女から妙な相談が持ちかけられる。 どうも何か様子がおかしいらしい。

最近彼女の周りでは、不審な事故や自殺などの良からぬ出来事が目に見えて多発しているという。 事態が落ち着くまではこちらに来るのは危険かもしれない、と。

元々怖いもの好きの二人だけに、確かにそういう類の事象にはやや敏感なところもある。 特に彼女は霊感も強いらしいので尚更だろう。

しかし今の自分はまさに彼女のおかげで、本気で無敵なんじゃないかと思えてしまうほど精気に満ち溢れている。 もはやそんな不確実なことでこの計画を諦められるほど浅い気持ちではない。

僕はとにかく彼女を安心させたかった。 やっと見え始めた二人の希望を、何があっても消し去りたくなかったんだ。

いよいよ移住も秒読み。うちの両親にもきちんと話して納得してもらった。 そんな折に彼女から、会って話したいことがあるというLINEが入る。

その週末、お互いの中間地点にある駅前のレストランで待ち合わせて、久々に彼女と会った。 しかし彼女にはいつもの笑顔はなく、なぜか悲し気な表情で俯いている。 それどころかよく見ると、化粧でうまく胡麻化しているようだがその顔や手には薄っすらと生々しい無数の傷跡も見える気がした。一体何があったというのか。 だが僕の話や問いかけにも、うん、うん、と終始小さく頷くだけ。食事にもほとんど手を付けない。

店を出てからも、しばらく二人で静かな田舎道を歩く。 何かただならぬことがありそうだが、とにかく話せる気持ちになるまでは時間をかけて待つ。

誰もいない公園のベンチに座って、近くの自販機で飲み物を買ってくる。 すると突然、お母さんが……とだけ言って、息を詰まらせ泣き出した。 それ以上のことを聞いてもただ首を横に振るだけ。ただ、私がいけないんだ、と。

そして衝撃の言葉。 ごめんね。もう一緒にはなれない。

そう言うと彼女はおもむろに首飾りを外し、呆然と動けずにいる僕の首にそっと掛ける。

どうか私の願いを無駄にしないで。

僕の目をじっと見ていたかと思うと、そのまま目を閉じて優しく唇を重ねてくる。 それはまるで無限の時間のように感じられた。

そして僕の目を見ることなく俯くと、彼女は小走りに行ってしまった。

僕はただ頭が真っ白になって立ち尽くしていた。

その日は夜になるまでベンチに座って伏せていることしかできなかった。 気が付くと夜風がかなり冷たい。 このままではまずい。力ない足でフラフラと歩き出すが、しかしもうとても家まで帰る気力などない。 僕はどうにか駅前まで戻り、手近なビジネスホテルのベッドになだれ込んだ。

翌朝、とにかくもう一度彼女に電話をかけてみる。 だが悪い予感がしていたとおり、それ以降はもう何度かけようと、電話もLINEも二度と繋がることはなかった。

しばらくは失意に暮れる。 だが当然のように吹っ切れる。 このままなんて帰れるわけないだろ。

僕は意を決して、その足でS県まで行くことにした。

到着は夕方ごろになってしまった。 以前に葬儀で訪れていたので、もちろん彼女の実家の場所はしっかり覚えている。

しかしその状況を見て足が凍り付いた。 玄関や窓のガラスは割れ、外壁や庭もめちゃくちゃに荒れている。

それだけではない。 何やら妙なお札が貼られていたり、隅には盛り塩もされている。

インターホンを鳴らすが、反応はない。

一体何があったというのか。 思い切って玄関の戸に手をかけてみると、鍵がかかっていなかった。

見ると家の中も同様に酷い有様。しかし物取りの被害と言うには何か少し違和感がある。 気になるのはやはり妙なお札や盛り塩が無数に置かれていることだった。 それに仏壇に位牌がない。つい先日の葬儀では、先祖代々の位牌がたくさん並んでいたのに。

誰かいるのか!?

不意に後ろから男の声がしたので振り返ると、地元民と思われる知らないおじさんが怪訝そうな眼差しを向けていた。 僕はこの家の知り合いを名乗り、何が起きたのかを聞いてみた。

おじさんはしばらく黙って睨んでいたが、ふっとため息をつく。

あんた余所者だな、余所者は知らん方が良いこともある、と目を逸らした。

しかし当然のように僕は食い下がる。

その妙な勢いに根負けしたのか、おじさんはしばしの沈黙の後、今夜泊まるところはあるのかと聞いてくる。 当然そんなことを考えているわけがなかったので素直にその旨を伝えると、今日はもう遅いからとりあえずうちに泊まれと言ってくれた。 何があったのかを教えてやるよ、と。

急な訪問にもかかわらずおじさんの家で奥さんにおにぎりまで振舞ってもらい、僕は急にかしこまってしまう。

そしてその席で、おじさんは最近起きた出来事について静かに語り始めた。

最初に異変に気付いたのは、角のタバコ屋のおばさんだったらしい。 最近この近隣に立て続けに起こる、とても普通とは思えない不幸の連鎖。 その魔の手があるときついに、そのおばさん自身にも襲いかかったのだそうだ。

雨が降る薄暗い夕方、おばさんが店の戸締りをしていると、後ろの押入れから唸り声のような妙な音がしたという。 不審に思って恐る恐る開けてみると、そこには血だらけの白い着物を着た老婆がうずくまっていたそうだ。 思わず腰が抜けて動けずにいると、老婆は不自然な動きでぬらりと立ち上がり、ひたりひたりとおばさんの方へ歩み寄って来る。 目の前まで近づかれたとき、恐怖のあまりふとその顔を見上げると、どうもそれが先日亡くなったあの家の婆さんだったらしいんだ。 その瞬間おばさんが咄嗟に大声でその婆さんの戒名を叫ぶと、その怪物はカナギリ声を上げて煙のように消えていったんだという。

翌日おばさんはその話を長老のところへ持って行き、そこでようやくこの不幸の連鎖の正体が暴かれることとなる。

このあたりには古くから、何でも願いを叶えてくれる呪いの儀式が伝わっているという。 ただし今ではそれを実際に行うものはなく、その方法も何百年も封印され続けてきた。

何しろその儀式は恐ろしいことに、願いが叶った暁には必ず生贄を要求されることになるのだ。 しかもその生贄も誰でも良いとはいかず、儀式を行った者に最も近しい者が選ばれるとされている。

もしその生贄を捧げることを怠るなら、それはやがて必ず祟りとなって現れ、儀式を行った者の周りから渦を巻くように地獄の災厄が広がっていく。 おそらく本来の生贄が見つかるまで手当たり次第に殺していくということなのだろう。

願いが叶うなどと言っても所詮あれはそんなおぞましい代物だから、結局その実、人を呪い殺すために使われる禁忌の儀式とされてきたのだそうだ。

今回のこの災禍の根源は、紛れもなくその儀式。 戒名を唱えることで怨霊が去ったというのが何よりの証拠。 そして祟りを受け怨霊と化した者の正体こそが、儀式を行ったのが誰なのかを如実に示す証拠なのだと。

それを知った犠牲者の家族の怒りたるや。 もちろんそんなことを裁判沙汰にできるはずもなく、中には暴力的な行動に出る者も少なくなかったということだ。

彼女の家にもお札や盛り塩がされていたのは、怨霊と化した自らの母親を封じ込めんとするためだったのだろう。

おじさんは煙草に火を付け、一呼吸置いてから続けた。

一体彼女は儀式のことをどこでどう聞きかじったのか、おそらく最後に生贄を捧げなければならぬというもっとも重要なところを知りもせずに、あれに手を出したのだろう。 何しろ彼女にはすでに身寄りがなかったはずだからな、と。

そこまで聞いて、ふとあることに気付く。 そう、彼女にはもう身寄りがない。確かにそうだが、でもだからとて生贄は生贄。 その場合、彼女に最も近しい者となるのは……

その瞬間、遠くで変な唸り声が聴こえた気がした。 背筋が凍り付き、嫌な汗が流れ出す。 ここに来てはいけなかったのかもしれない。

どうやらおじさんも声を聴いたらしく、真顔で辺りを見回している。 そんなおじさんの背後に佇む奥さんを見て、僕は縮みあがった。

その顔にさっきまでの穏やかさはなく、だらりと開けた口から涎をだらだらと垂らしながら、目は左右反対にぐるぐると回っている。 そしてみるみるうちにその顔が変わっていく。それは確かにあの葬儀のときに写真で見た彼女の母親の顔だった。

ミツケタ。

ニタリと笑うその両手には包丁が握られている。 おじさんもそれに気付き、咄嗟に大声で戒名を唱える。 しかしなぜか怨霊は消えることなく、じりじりと迫り寄ってくる。

これは、いよいよ本当に殺される。

そう思った瞬間、突然ガタンと大きな音がして、強い揺れが襲ってくる。 かなり強い地震のようだ。

その揺れの中で怨霊が突然カナギリ声を上げ、そしてその体から何かが煙のように立ち上り消えていったのを確かに見た。

やがて揺れが収まり様子を確認すると、そこに倒れていたのは元の温厚な奥さんだった。

おじさんは奥さんをソファーに運ぶと静かに一言、時間か、と呟いた。

時計を見ると夜中の十二時。

残念だが彼女はたった今亡くなった、と。

一体何を言っているのかわからなかった。 亡くなったとは、誰が?彼女が?彼女って……

僕は頭が混乱していた。

実はこの災厄を鎮める方法が、生贄を捧げる以外にもう一つあるという。 それは儀式を行った者自らが、その災厄の使者である者の位牌を砕いて呑み、さらに先祖の位牌もすべて燃やした上で、夜中の十二時にある場所で首を吊る、というもの。 その行為は本来の生贄の代償として、ニエの神の祟りを鎮め給うとされているそうだ。

おそらく犠牲者の家族のうちの誰かが、彼女には身寄りがないということでその方法を伝えていたのだろう。 これ以上災いを広げてくれるなということだ。

もう涙なのか何なのかわからない全部が顔中から溢れ出し、息をすることさえできなかった。

そうか、やっぱりあんたは彼女の…… そこまで言いかけて、おじさんは黙り込む。

彼女の亡骸はもうこの世には存在しない。 葬儀をすることも許されない。

すまないことをした、と。

あのとき怨霊に対して戒名の詠唱が効かなかったということは、生贄に選ばれた者がすでにその視界に入っていたことを意味する。 つまり疑いようもなく、僕は彼女に最も近しい存在だったということだ。

願いが叶う前であれば儀式を撤回する方法もあったというが、もう今更そんなことは慰めにもならないしどうでもいい。

それよりも想うべきは、彼女がそうまでして願ってくれたこと。

あのときの交通事故からの命拾いは、あれは奇跡でも何でもなかった。

霊感の強い彼女は僕の命が危ないことを直感的に感じ取っていて、そしてたとえ後で自分がどんなことになろうと、迷うことなく禁断と呼ばれる願掛けを実行したんだ。

あれは、あのとき救われたのは紛れもなく、彼女の愛の証だったのだと悟った。 今でも脳裏に焼き付いている、あのときの天使のような笑顔を僕は忘れない。

その日はとうとう朝まで泣き明かし、最後には世話になったおじさんにも深々と頭を下げ、そして帰路に就いた。

その後すぐに、僕は会社を辞めた。 一年間は旅に出ようと決めていたのだ。

彼女に救ってもらったこの命で歩き、そしてこの形見の首飾りを連れて風を感じたい。 少しでも彼女の供養になればという想いだった。

ごめんね。

どこかで彼女の声がしたような気がした。

その後に就職した会社で僕はまた新しい仲間とともに再スタートを切ることになるのだが、このときの僕はまだ知る由もない。

彼女が死の間際に残していた、最後のネット小説の存在を。


ストリートビューで異世界へ」に続きます。

排水トンネル

俺は仕事で土木をやっていて、最近ある排水トンネルを調査したんだ。 川に水を吐き出してるんだが、吐き出し口から入って300mくらいのところに鉄柵があるんで、そこの状況を収めてこいっていう内容。

川は長靴で歩けるくらいの浅さで、トンネルからの水量もほとんどなく普通に徒歩で入れる。 ライト付きのメットを装備して、デジカメを手に俺は一人狭いトンネルの奥へ。

それにしてもこういう暗闇での300mってのは思ったより長く感じる。圧迫感のせいだろう。

もう少しで現場かなって頃、なんか奥の方から人の声みたいなのが響いてくるのが聞こえた。 反響がひどくてよくわからんのだけど、どうも女性の笑い声のような。

気のせいだとしても気持ち悪いから、さっさと写真撮って帰ろうと足早に進むんだけど、なんだか行けども行けどもなかなか鉄柵が見えてこない。 口頭で確かに300mって言われたし、資料にも絶対にそう書いてあったし、間違いはないはずなんだが。

そのうち、ある異変に気付いた。

暗闇の奥から流れてくる水の色が妙に赤茶けていて、しかも何か浮いている。 よく見るとどろどろとした肉片のような異物。大量の髪の毛のようなものも混ざっている。

背筋がゾッとした。 しかしこれは報告義務があるだろうと思ったから、カメラにもしっかり収めた。 そもそもここは山からの湧き水を逃がすための排水トンネルであって、こんなものが混じることはないはず。

そういえば笑い声もだんだん近づいているような。

そのままさらに奥へ。 するとようやく件の鉄柵が見えてきたが、さっきから息継ぎもせずケタケタと笑い続ける謎の声もそのあたりから聞こえている。 かなりヤバい雰囲気。しかし仕事だからやるしかない。

鉄柵に到着。 異物はそのさらに奥から流れてきている。 笑い声はまさに鉄柵のすぐ向こうから聞こえるんだが、照らしてみても誰もいない。

さすがにこれは何か写っちゃうかもしれないと思いながら、とにかくその現場写真を大量に撮影。 そしてすぐに踵を返す。

ここでまた異変に気付く。 笑い声が全然遠のかない。 歩いても歩いてもずっとすぐ後ろから聞こえる。

さすがに気持ち悪くて振り返ると、かなり歩いたはずなのにまだ目の前に鉄柵があるんだよ。

これは完全にヤバい!でも狭すぎてとても走れない。とにかく出口を目指して急ぎ足。

憑いてくる、明らかに憑いてくる。 作業服はもう汗でびしゃびしゃ。 もう振り返ったらまずいと思っているはずなのに、ついまた振り返ってしまう。すると……

鉄柵から頭だけ出してガクガクと笑う異形の女。いやその柵、頭なんか通らねぇよ!

もう無理。俺は涙目で一目散に出口に向かう。

やがて笑い声が遠のく。 気付いたら足元の水も普通の水に戻っている。

ほっとしていったん呼吸を整える。 ふと振り返ると、また目の前に鉄柵がある。 俺はその場にへたり込んだ。

だがもう不気味な怪現象は何もない。 ただ静かに普通の水がちょろちょろと流れているだけ。

念のためにもう数枚だけそのあたりの写真を収め、俺は現場を後にした。

事務所に戻った俺は、その日の出来事を興奮気味に上司に報告した。 たまたま請け負っただけの仕事だから、そこが「出るらしい」現場だなんてことは誰も知らない。 とにかく俺と一緒に、上司にも現場写真を見てもらう。

しかしそこに入っていたデータは最後に撮った数枚だけ。 そう、怪現象が収まった後に撮った写真しかなかったんだ。

とりあえず仕事は何とかなったけど、過去にあの場所にまつわる事件みたいなものがなかったか調べてみた。

出てきた記事は今からちょうど三年前の出来事。どうやらあの辺りで女子高生が一人行方不明になったそうだ。 しかし捜査の甲斐なくとうとうその一年後、あの排水トンネルの中で白骨遺体となって発見されたらしい。

あのトンネルは今回の調査対象だった吐き出し口から300mのところの鉄柵の他に、その奥にもう一つ鉄柵がある構造。 遺体はその鉄柵と鉄柵の間から見つかったそうだ。

なぜそんなところに閉じ込められたのか。遺書もなく自殺なのか他殺なのかもわからない。 誘拐などの痕跡はなく、また学校もいじめの事実を認めなかったということで、その真相はとうとう分からずじまいだったそうだ。

図らずも瞼の裏に焼き付いてしまったあの異形の笑い顔。そういえばどこか悲しみを訴えているようにも見えた。 あんな狭い暗闇でずっと一人……あれだけの怨霊となるに十分すぎる無念だったことだろう。

俺は静かに黙とうし、その日の仕事終わりにお祓いした。 そして除霊師と上司の許可のもと、翌日またあの排水トンネルの吐き出し口まで出向き、そっと線香と花束を手向けたのだった。

ちなみにそれ以降のそのトンネルの仕事は、他の会社に投げたそうだ。

封鎖トンネル

この前バイクでちょっとした一人旅をしてきたんだが、あれはちょうどS県とY県の県境あたりを走ってるときだったかな。 時間は昼過ぎくらい。山に囲まれた谷間のルートで、舗装もガタついたそこそこ険しい道だった。

もしものときはマップもあるからなんて安心してたんだけど、それでもやっぱり山道ってのは何があるかわからない。 どこかに分かりづらい分岐が隠れていたようで、いつの間にかルートを外れていたらしい。

あれ?っと思ったときにはすでに行き止まり。苔むしたコンクリートブロックでがっつり封鎖された古いトンネルの前にいた。 とりあえず一服しながらスマホでマップを確認。よくよく拡大してみると、なるほどやっぱり途中で道を間違えたみたいだ。 周りは山だから一本道で抜けられるものだと思い込んで、すっかり油断してた。

で、そろそろ行くかとメットをかぶろうとしたときだ。トンネルの方から妙に生暖かい風がふわっと吹いてきたような気がした。 何となく気味悪くてしばらくじーっと見ちゃったけど、そのときはちょうど腹も減ってたし、特に気にも留めないでそのまま元の道に戻ってった。

そんなわけで今日やっと無事に旅から帰ってきたわけなんだけど、今ちょうどそのあたりをもう一回ストリートビューで歩いてみてる。 分岐のところはやっぱりちょっと紛らわしい。よく見ればちゃんと案内標識に「この先行き止まり」って書いてあったみたいだけど、草がぼーぼーで見えづらいな。

で、例のトンネル。なぜかストリートビューでは行き止まりになってないみたい。データが古くてまだ封鎖前の状態ってことか? そういえばこのトンネルはどこに繋がってたんだろうな……一応ちょっと進めてみるか。

とりあえず出口の光も見えるしそんなに長くもないトンネルみたい。真っ暗だけど。

結局トンネル抜けてみたけど、景色見てもやっぱりよくわからん。 入り口のところにトンネルの名前とか書いてないかな?

うわなんだよこれ!

いや、振り返ったら真っ赤な二本の線がトンネルから続いてるんだけど。 これ完全にストリートビュー撮影車のタイヤの跡だよな…… やばいやばい、もういいや!閉じます!

あれからちょっとそのトンネルのことを調べてみたんだが、どうも十年前くらいにあの中で凄惨な殺人事件があったらしい。 それ以来ずっと封鎖されてるってことなんだけど……

念のためもう一回見てみたら、ストリートビューでもブロックが積まれて通れなくなってた。

かくれんぼ

僕はいつも公園でやるかくれんぼで、最強の隠れ場所を知っている。そこに隠れると絶対に見つからないんだ。

じゃんけんぽーん!うぇーいあいつがオニだー!きゃーきゃー! よーし、今日もそこに隠れることにするぜー!

その隠れ場所ってのは、公園の隅にある誰も使わない古い公衆トイレ。 男子がオニのときは女子トイレ、女子がオニのときは男子トイレに隠れるんだ。

前回は男子がオニだったから女子トイレの一番奥の部屋にこっそり隠れて大成功。 今回のオニは女子だから、男子トイレの一番奥の部屋に隠れてれば見つからないってことさ。

さて、隠れてから15分くらい経ったな。もうそろそろ出ても良いかな? 広場に戻ろう。

あれ?誰もいないや。まだみんな隠れてんのかな?おーい! やけに静かだな。おーい、おーい!

いくら探しても誰もいない。そういうのやめろよー!おーい! もういいや、うちに帰っちゃおっと。

あれー変だなぁ、なんか町もやけに静かだな。

ただいまー! え、うそ!?うちにも誰もいない……

おかしいなぁ、どこに行っても誰もいないよ。 なんだか怖いなぁ……どうしよう?

あ、誰かいる!おーい!

え!? ひぃ!なんだあいつ!うわああぁぁぁ!

ただいまー! あら僕、おかえり!今日は何して遊んだの? かくれんぼー!誰も僕をみつけられないんだよー?すごいでしょー?

知ってる?今は建て替えられちゃって綺麗だけど、昔ここにあった公衆トイレって異世界に繋がってたらしいよ。 はじめは男子トイレの一番奥の個室、次に女子トイレの一番奥、男子、女子、と順番に一番奥の個室に入って、そのあと男子トイレに入るとその一番奥に、あるはずのない4番目の個室が現れてるんだって。 そこに入って鍵を締めちゃうと、異世界に飛ばされるっていう話。

実はそこから戻ってくる方法が一つだけあって、それは次に飛ばされてきた人を見つけることなんだって。 そうすれば、その人の人生と入れ替わることができるらしいよ。 でもそれまではずっと一人ぼっち。何年も何年も、死ぬこともできずに変わり果てた姿で彷徨うことになるんだって。

ブルーノスタルジー( ˘ω˘ )

冬、なのかな。ストーブが消えそうだから、灯油を入れなきゃ。 僕は慣れない手つきで灯油を汲む。うまいやり方がわからずにびしゃびしゃとこぼしてしまう。

両親にこっぴどく怒られた。

夜、両親が話しているのが聞こえた。 あんなこともきちんとできないのは幼いころにちゃんと教育しなかったからだ。小学生からやり直せないのか?

ある日学校のイベントで、学校とまったく離れたところにある会場に集められた。 イベントも無事終わり、それぞれみんな電車で戻ることに。

ええと、ここから学校に戻るにはどう行くのが良いんだっけな? 僕は一人悩む。

電車はやがて地下に潜り、地下鉄佐倉駅に到着。 ここで降りた方が良いんだったっけなー……

いろいろ考えてるうちに扉が閉まってしまう。 外を見ると他のみんなは反対側のホームに止まっている電車に乗り換えている。そこには色とりどりの着物を着た笑点の落語家たちもいる。

間違えたかな……次の駅からだとどう行くんだっけ? 次は田舎の大佐倉駅。

電車の中を見ると、不良グループが残っている。 急に眠たくなってきた。手すりに寄り掛かっていびきをかく。

大佐倉駅に到着。相変わらずアーケード街は閑散としたシャッター街になっている。 ここからだと四街道のバスターミナルに行くには、いったん自宅に戻るルートが早いんだっけな? 頭の中でいろんな景色が交錯する。あ、これは昔見た夢だったかな?

時計を見ると午後3時。 もう学校に戻らなくてもいいかー……変なサボり思考が過る。

のんびりとトイレを借りていると、鍵をかけ忘れていて開けられてしまう。 あ、すいません。ガラガラ……隣でも同じことが起きていた。

踏切を渡る手前に懐かしい昔のスタイルのローソンが。 こんなのできたんだなー、しばらく利用してない駅だからなー。

そうそう、大佐倉駅の右側にお店ができない理由がわかったんだ。 それは、地面が斜めだから。

踏切を渡って、古い商店の廃屋を横目に歩いていると、見覚えのある人が。 不良グループにいるやつで、昔はよく喧嘩したけど、今は普通に話す悪友。確か孤児院育ちなんだよな。

去年のイベントのときはどうやって戻ったんだっけ? 何気なく聞くと、俺はこれを使った、と言って白い紙切れを出す。

そこには僕の筆跡と思われる文字も書かれている。 あ、そういえばこれを使えば良かったんだっけ。

お前また同じ失敗をしたのか?とそいつに笑われる。 お前ほどしっかりしてないんだよ、と照れ隠しに僕は言う。

アーケードのシャッター街を歩きながら、どうやって戻るか考えている。 あの景色はどこだったんだっけなー……山の上にある駅から階段を下りて振り返ると、階段の周りにケバいバラック街みたいなのがごちゃっとあって……まるで要塞みたいだったんだよな。

あ、そういえばこんな心理テストを知ってるか? ふいに思い出して僕はそいつに質問を投げかける。

口頭ではらちが明かないので質問用紙を出して説明する。 ふんふん、とそいつは質問に答えていく。


相変わらず夢なんで脈絡もないし変なところで切れてるんですが、不思議と寝起きの気分が夢の中の世界観に囚われたまま、現実になかなか戻れないことってありませんか?;つД`)

現実の記憶のパーツがまったく別の関係性で繋がっているまさにパラレルワールド的な夢で、懐かしいのに悲観的。何となく後悔というか懺悔のような気分になったりします(´・ω・`)

そういうのを名付けてブルーノスタルジーとか呼んでみたら良いんじゃないか、なんつって思うわけです(*´Д`)

久々にこういう気分になりましたが、まあ昔から度々「残しておきたい気分になった夢」みたいなのは経験してました(;´∀`)

しかし今は思ったときにすぐ書き留められるのでありがたいですねー……昔はすごーくモヤモヤしたもんです。夢なんてだいたいすぐ忘れちゃうもんですからねぇ

廃病院の4階

やっぱり話すんじゃなかった。 乗り気じゃなかったけど結局押し切られる流れになって、俺も今その廃病院の前に来ている。

話した内容はこうだ。

30年ほど前はこの廃病院もまだ現役でやっていて、実は俺はここに一度だけ入院したことがあった。 当時まだ子供だった俺は一緒に入院してたやつと友達になって、たまに院内を探検したりしてた。

知ってるか?この病院って本当は4階まであるんだぜ?

あるとき自慢気にそんな話をされたんだが、確かにエレベーターも階段も3階までで、子供ながらに不思議だった。 でもその友達がまた面白い奴だったから、ただふざけた妄想話でゲラゲラ盛り上がったりしてた。

それから数日してもうすぐ退院って頃、1階のロビーに缶ジュースでも買いに行ったときだったかな、裏口から救急車でお腹の大きい女の人がバタバタと運ばれてきたのを見たんだ。 そういう現場は初めてだったから、その異様な緊張感に当時はただただ圧倒された。 あとで付き添いで来てた母親から、もうすぐ赤ちゃんが生まれるのよって聞いた。

その日の夜中、俺は3階の病室で横になっていたんだが、天井の向こうから微かに赤ちゃんの泣き声が聞こえたんだよな。 ああ生まれたのかーなんて思ったのを覚えてる。

それから数年後、あの病院は潰れたらしいと聞いた。 俺はそのときふと気になって、その病院のことを調べてみたんだ。何となく変な違和感があるような気がしてたんだよな。 そしてまさかとは思ったけど、悪い予感は的中した。

この病院、もともと産婦人科がないんだよ。

そんなモヤモヤした薄気味悪い事実を知ったところで、そのときは誰に話すタイミングもなかった。 そしてさらに数年が過ぎた今、会社の悪友で心霊スポット探索好きのこいつらを本気でビビらそうと思って、ついにそのとっておきの話をしたってわけさ。 まさか本当に行こうって言い出すとは思わなかったんだけどな。

だいたいこの病院、実際来てみるとわかると思うんだけど、かなり雰囲気あるんだよ。なのにネットで調べても心霊系の記事や動画がまったく出てこない。 このご時世にそういうのって、逆に何か決定的に触れちゃいけないものでもあるのかとさえ思う。

いよいよ建物に突入。もう廃墟になって数十年経つわけだから、当然中は割れたガラスが散乱していたりと、荒れ放題でかなり危ない。 でも探索慣れしてるこいつらの指導のお陰で俺も今日は装備が整ってるから、わりとスムーズに進んでいける。 2階、3階と、記憶にあるままの地図を頼りに階段を上り、まだ医療器具なんかも放置されている生々しい廃墟内の探索を続けていく。

そして当時は職員以外入れなかった3階のナース室。外界の光が届かない暗がりを懐中電灯で照らしながらよく調べてみると、奥に鍵がかかったままの扉を見つけた。 仲間の一人が、こんなこともあろうかと、と言って特殊な工具を取り出す。ドアノブをかちゃかちゃ細工すると、いともあっさりと鍵が開いた。

扉を入った瞬間、急に別世界。資料室のようではあるが、どことなく空気が重く淀んでいるというか、長いこと外界と遮断されていたことをまざまざと感じさせる異様な閉塞感。 ここから先は見てはいけないような気配を全員が感じつつも、その部屋を慎重に照らしていく。 すると奥に、人一人が通れるくらいの細い上り階段があった。

ついに4階に踏み込む。ずっと喉につかえていた違和感に対する答えが見つかるような気がして、このときは一時的に恐怖心の奥底に変な期待感が芽生えていた。

階段を上ると、そこはやはり窓も一切ない真っ暗闇。照らしてみると、どうやらエレベーターホールのようだ。 なるほどエレベーターは4階まで来られる造りだったらしい。普通のボタンが存在しなかったのは、職員用の特別操作が必要ということだったのだろう。 しかしずっと閉ざされていたお陰だろうか、まるで廃墟らしくない綺麗さが保たれているのが逆に不気味だ。

4階の構造はやけにシンプルで、エレベーターホールから伸びる廊下の先に扉が一つあるだけだった。 そういえばここに入る前に改めて建物を見たんだが、やはり外見上も3階までのように見える。おそらく屋上の真ん中に別棟が建つような造りになっているのだろう。 それにしても窓がないというのがやはり異様で、この先にただならぬ秘密があるような気配を感じずにはいられなかった。

そしていよいよ最後の部屋。ここにもやはり鍵がかかってたので、工具の出番。かちゃん、という鈍い音が響く。 扉はやけに重く、ぎぃーっという音を立てて開く。 先頭のやつが中に懐中電灯を向けた瞬間、うわっという声を上げてドン引く。

見ると正面の壁一面に、何かの宗教施設を思わせるような巨大な祭壇。 その上に祀られているのは、手足が異様に長い、腹の大きな異形の女神。 左右の壁には無数の札が貼られ、中央には奇妙な装飾が施された真っ赤な巨大テーブル。 その上には黒っぽい嫌なシミが広がり、そしていくつかの注射器やメスのような医療器具が転がっていた。 だいたいこの部屋全体にこもる何とも言えない異臭は何なんだ?

全員で顔をしかめながら、一歩また一歩と慎重に踏み込んでいく。 明らかにヤバい部屋。かつて何かとてつもないことが行われていた記憶というか、怨念めいたものがそこら中に漂っている気がする。

これまでの不穏な事実を繋ぎ合わせるに、やはりここでは不法な出産行為が行われていたということだろう。 つまり生まれたての赤ん坊に何か宗教的なまじないでもかけるような、特殊な分娩室ということか? いや、それにしてはあまりにも……

ふと祭壇に置かれた木箱が照らし出された。「御神供」と書かれている。 さすがにそういうのは触るべきじゃないと皆口々に言うが、一人が俺に任せろと粋がって勢い任せにその蓋を開けてしまう。

見ると、干からびた短い紐のようなものが大量に詰まっている。 何だこれは……まさかへその緒?

その瞬間、開け放しておいた扉が突然バァンと音を立てて閉まる。 そして部屋がゆらゆらと揺れ出す。

すぐ箱の蓋を元通りに閉めたのだが、揺れは収まらない。 皆一様に凍り付いている。こんな気持ち悪い揺れ方が、ただの地震のわけがない。

やがて揺れが収まる。もうさすがにこれ以上荒らすことはできない。 もはやどこまで調べても謎が解けることがないのは明白だった。

部屋を出ようとドアノブに手をかけたとき、何か嫌な気配を感じて一瞬躊躇する。 しかし皆に急かされ、震えながらドアノブを回す。まさか閉じ込められたなんてことだけは、ないと信じたい。

嫌な汗を感じながらぎぃーとドアを開ける。どうやら閉じ込められてはいないようだ。恐る恐る廊下を照らす。 ふとそれを見た瞬間、またしても固まってしまった。

廊下中に広がる夥しい血痕。しかも今出たばかりかのように妙に生々しくどろどろとしている。 それに壁中に赤い文字で何か呪文のようなものがびっしり。こんなものさっきまでなかったのに。

ここを歩くのは絶対に嫌だ。しかし通らなければ帰れない。 竦む足を気合で進めながら、ぴちゃぴちゃと水気の多い足音にいちいち戦慄を覚えた。帰る前にお祓いに行こうなと、誰かがつぶやいた。

エレベーターホールの闇がやけに深く見えた。懐中電灯の光がいまいち届かない。 そこから微かに、何か聞こえてくるような気がする。皆足を止め、聞き耳を立てる。気のせいではない。

赤ん坊の泣き声…… 泣き声というより、何かもっとか細いうめき声にも似たような。

そしてよく目を凝らすと、エレベーターホールの暗闇に黒い異形の影が見えた。 白いボロ切れを纏い、ガリガリに痩せた細長い手足で虚ろに佇むそれは、腹のところが破れてぽっかりと黒い穴が開いている。そしてその頭は、まるで赤ん坊……

その不気味すぎる風体に、全員声も出ない。背中に強烈な悪寒が走りだらだらと冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。 これはもう俺たち全員終わったんじゃないかと本気で思った。

カエセ。

カエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセ……

壊れたCDみたいに無機質に繰り返しながら、突然猛烈にガチャガチャと駆け寄ってくる異形。 うわああああああ!と仰け反りながらも、一人が手に持っていた何かを思わず投げつけた。

異形はひいぃぃという金切り声をあげ、煙のように消える。 何が何だかわからないまま、俺たちは興奮気味に震えながらも早足でエレベーターホールを突っ切り、階段を下りてそのまま廃病院を全力で抜け出した。

無論そのまま帰るなど到底考えられず、確実なお祓いをお願いすべく、こいつらが行きつけというある高名な住職のもとを訪ねることに。

訳を話すと住職はやや厳しい表情になる。そして静かな口調で、あなた方はあの廃病院に行かれたのかと、問いただすように改められてしまった。 とにかく話は後。俺たちは全員裸にされ、全身にお経のようなものを書かれた。まるで「耳なし芳一」だ。 そのまま奥の部屋に通され、伽藍に向かって横一列に座る。そして各人の前には盛り塩と大きな蝋燭を一本ずつ。「破邪の行」が始まったら一切口を利かず、また燃え尽きるまで蝋燭の火から目を離さないようにと指示された。

部屋の明かりが落とされ、俺たちはとにかく目の前に灯された火を見つめる。じりじりとなかなか減らない蝋燭。 何時間くらい経った頃だろう、お香の香りで満たされていたはずの部屋が一変、どこからともなくあの廃病院の祭壇部屋と同じ異臭が漂ってくることに気が付いた。 そしていつしか視界の片隅に、白い煙のようなものがふわふわと現れ始める。どうやら俺の体から出ているようだ。

蝋燭は翌朝になってようやく燃え尽きた。 徹夜で一点を見つめ続けたので首が凝り全身もぐったりだったが、今は異臭も煙もなくどうにか全員揃って完了できたようだ。

服を着て顔を洗い、それから住職から薬膳粥の提供があったのでありがたくいただく。 その席で住職からあの廃病院のことをどうやって知ったのかと尋ねられたので、俺はかつてあそこに入院していたことから順を追って説明した。 住職は黙って聞いていたが、最後に静かになるほどと一言。そして長年悩まされてきた俺を労われ、救いになるかどうかはあなた次第でもあるがと前置きしたうえで、あの廃病院の真実について語り始めた。

かつてあそこで行われていたことは、言葉にするのも憚られるような禍々しい邪教の儀式だという。 しかし裏でその教祖を兼ねていた院長が突然の自殺。それに続くように、儀式に関わっていたと思われる医師や看護師たちも次々に事故や自殺で不審の死を遂げていく。 途端に病院は経営難となり、その後たった数か月で廃業。惨劇の事実はとうとう表沙汰になることもなく幕を閉じた。 廃墟となった病院は取り壊される資金もなく放置されることになるのだが、やがてそこに今の俺たちのような無謀を犯す者たちが現れたのだそうだ。

そしてそのことごとくが、その日のうちに何らかの形で命を落としていったのだという。 あまりに本物の不幸が続けばそれは禁忌となる。あれだけ存在感のある廃墟でありながら、心霊の類の話が世の中に出回らないのはそういうわけだろう。

俺たちはそんな危険な場所に踏み入れただけでなく、その核心にまで迫った。通常ならあの場所から戻ることさえ叶わなかっただろうに、本当に奇跡的に運が良かったんだそうだ。

住職の言葉に俺たちは改めて、恐怖と安堵の入り混じった不思議な感覚を覚えた。

さらに住職が言うには、その奇跡にはある地縛霊の存在が関係しているという。

まだあそこで妙な儀式が行われ始める以前のこと。かつてあの病院で不幸にも亡くなった孤児がいたそうだ。 その子の母親もまた同じ病院で亡くなっていたということもあって、その子の魂は母を求める地縛霊となって病院に残ってしまっていた。 やがて院長が教祖を名乗り病院全体に異様な邪気が満ち始めると、地縛霊はとても苦しみ、そして悲しんだという。

院長の突然の自殺やその界隈の者たちの後追いは、まさにその地縛霊の呪いであるとも言われている。

そして知られざる4階の存在。普通の子供になど到底知り得るはずのない、組織的な隠ぺい。 そんな事実をあのとき俺にはっきりと伝えた友達こそが、その地縛霊そのものだったのではないかということだ。

昨日、廃病院の4階で俺たちが取った行動には、実は深い意味があったらしい。 一つは「御神供」の箱の蓋を開けたこと。もう一つはそこから這い出した怨霊塊に、邪教の神体をぶつけ相殺させたこと。

俺たちにとってはまったくの偶然でしかなかったその二つの行いによって、あの空間に満たされていた「虐縛の結界」と呼ばれる封印が完全に破られたということだ。

そう、あの恐ろしい化け物に仲間の一人が咄嗟に投げつけたあれは、祭壇の上に置かれていたあの不気味な神の像だったようだ。 なんでも金目のものだったから、俺たちの見ていない隙にこっそり持ち帰ろうとしていたらしい。

とにかくその封印が解けたことによって、邪教神に囚われたままになっていた母子の魂の開放、そしてすでに邪教神に喰われ怨霊と化した母子の魂の浄化という、二つの大きな成仏が叶うことになったのだそうだ。

その行動に導いたのは、紛れもなく地縛霊による憑依の力。

しかしたとえそれを成し遂げられたとしても、当然あの場所に踏み入れた俺たちには幾多の亡者の群れが憑き纏ってきてしまう。 そんな俺たちを最後まで死なせないため、命を繋ぎこの住職のもとまで導いたのもまた、地縛霊による言霊の力。

そういえば廃病院で祭壇部屋を出た矢先に聞こえた、帰る前にお祓いに行こう、という言葉…… あれは俺たちの誰の声でもない。

あれは確かに懐かしい友達の声だった。

幼くして母親を亡くした悲しみと、自身が亡くなってなおも母親を慕い続ける純粋な思い。 だからこそ目の前で母子の絆が次々と儀式の生贄にされていくことが、あいつにとって何よりも耐え難かったのだろう。

生きている人間の行いならば止めることができても、神の犠牲となった魂を救うことまではできない。 その可哀そうな母子たちを救ってやってほしいという強い願いを、あのときあいつは俺に託していたんだ。

あいつがなぜ俺を選んだのかはわからない。子供同士だったから何となく波長が合ったのだろう。 幽霊に取り憑かれるってのは、まさにそういうことなのかもしれないな。むしろ生きている人間同士と同じで、お互い様ってことだ。

俺にとってあのときの病院生活は、あいつがいてくれたお陰で本当に明るくて楽しかった。 あいつがたとえ地縛霊だろうと何だろうと、そのことだけは変わらない。

この思い出はこれからもずっと忘れない。 きっと無事に成仏してくれと、願わずにはいられない。

遠くで微かに、ありがとな、という声が聞こえたような気がした。

俺の目は涙で曇っていた。

結海奏鳴曲

ひらひらと舞う結晶の向こう。そこは静かなる銀色の海。

生まれたばかりの灯は両の手で掬われ、遥かなる哀情とともに包まれる。

たとえこの身が果てるとも、決して凍てつかせはしない。

永久の誓いが放つ無量の光は、変わることのなかった世界に息吹をもたらした。

母性は飽くなき犠牲心。慈悲は寄り添う志。

滅びの定めに殉ずる温かなる瞳。それはまるで前世からの記憶のよう。

形のない答えを秘めたまま、今はだた揺り籠の中で泣き疲れて眠るだけ。

この鏡のような結海の路を、強き心とともに歩み始めるそのときまで。

飛び降りの影

部屋を借りるときにはよくよく気を付けた方が良い。 油断していると本当に後悔することになるから。

あれはまだ大学に通っていた頃。 その日はバイト終わりで自宅に帰るところだった。

自宅があるマンションは、こんな田舎にしては珍しい13階建て。 駐輪場で自転車を降りてエントランスに向かう前に、なんか気配がしてふと上を見たんだ。 そしたら屋上の縁のところに、今にも飛び降りそうになってる人影を見つけちゃったんだよ。

ヤバい! こんな時に限って周りに人もいないし、一体どうしたらいいんだ!?

急な出来事で軽くパニックになるも、とにかくその人影から目を離さないようにした。

最初は太陽の逆光でよく見えなかったけど、しばらくしてちょうど日差しが雲に隠れたんだ。 その人影はどうやら女性のようなんだけど、このとき何となく微妙に変というか、違和感があることに気が付いた。

まるで上体が宙に浮くように、屋上の縁から斜めに立っている。

え?もう飛び降りてる!?

しかし奇妙なことにその女性は縁に足を置いたまま、明らかに斜めの状態で止まっている。

その奇妙な光景に一瞬寒気が走り、そこに緊張感が入り混じって変な汗が出てくる。 目を離しちゃいけない気がする。とにかく大声で、危ないですよ!なんて叫んでみるが、何の反応もない。 助けを呼ばなきゃと思い、スマホを取り出し警察に電話しようと、一瞬目がスマホを見た瞬間……

どちゃ!

すごい音だった。

まだ蝉が鳴くような蒸し暑さの中なのに、背中はもはや真冬並みに凍り付いている。 落ちたと思われる場所が植え込みの向こうだったおかげで、生々しいものが見えなくてまだ助かった。

震える指でなんとか警察に連絡して、すぐに駆けつけてもらえることになった。 相変わらず周りに人気はない。こういうとき田舎は本当に困る。

しばらくして警官が到着。落ちるところを見てはいないものの、たぶんあの辺りですと説明する。 現場を見に行く警官。しかしすぐに戻ってきて、意外なことを言われる。 何もありませんよ?と。

そんなはずはない。確かに屋上の縁に女性が立っていて、目を離した隙にそのちょうど真下のあたりから落下音のようなものを聞いた。 動転気味の説明も虚しく、ないものはないと諭されてしまう。

恐る恐る警官と一緒に現場を見に行く。確かに何もない。 落ちたと思われる足元に何かが潰れたような古いシミみたいなものはあるが、それでは説明にならない。 おかしいな、確かにあそこから……と上を見た瞬間。

手遅れ。

耳元で声がしたかと思うと、もはやこの世のものとは思えないすごい形相をした女性の顔が目の前まで落ちてくる。

ぎゃあああああー!

腰が抜けてその場にぶっ倒れて、振り払うように思いっきりバタバタと暴れる。 横にいた警官にすぐに制されて、しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した。

この世のものではなかったのか。警官の話では、急に一人で叫んで倒れて暴れていたんだそうだ。 とにかく事実上は何事もなかった以上、警官にはよくよく謝っておいた。病院に行った方が良いと真剣に勧められたよ。

でももちろん病院なんかじゃなく、とにかくまずはお祓いだろうと。 もうどうしようもなく疲れてて怠かったけど、気合でその日のうちにちゃんと済ませた。

夜になって自宅にいると、ふとカーテンの隙間が気になった。 窓に何か紙のようなものが小さく折りたたまれて挟まってるようだ。 一瞬嫌な予感がしたものの、お祓いしてもらったんだから大丈夫だろうと、その紙を取って広げてみると……

見ててって言ったのに。

真っ赤な文字で歪な走り書き。紙から出てきた長い髪の毛がバラバラと落ちる。

うわあああ!

紙を投げ捨ててまた腰を抜かす。もうダメだ。

その瞬間、窓も開いてないのにカーテンが風でふわりとめくれる。 見ると窓のすぐ外に逆さまの女性が、昼間にも増してすごい形相でこちらを見ている。

恐怖のあまり訳も分からず足が勝手に動いて、気が付いたら靴も履かずに一目散にマンションから脱出していた。

とても自宅になんか戻れない。仕方なくその日は大学の友人に連絡を取り、快く泊めてもらえたのが幸いだった。

翌日、友人とも相談してもう一度除霊師のところへ。ことの顛末を話すと、それはあなた自身ではなく部屋とマンション自体をお祓いしなければならないと言われた。 入居前には事故物件についてちゃんと確認したのに、あのときそれらしい話がまったく聞けなかったことが今となっては不可解だった。

とにかくすぐに除霊師にお願いしてマンションに来てもらい、部屋にもお札やら盛り塩やらいろいろと増えた。 それから不動産屋にも状況を説明して、どういうことなのか改めて聞いてみた。するとこんな返答が。

実は以前この部屋に住んでいた女性が、マンションの屋上から飛び降り自殺したのだと。部屋からは遺書も見つかり、ちょうど窓のところに立てかけるように置いてあったそうだ。 ただ通常は部屋そのものが現場でなければ事故物件扱いにはならず、この件に関しては説明不足で申し訳なかったということだった。

まあそう言われても今更なんだよな……確かに事故物件じゃないと聞いたことで油断して、入居時に窓のところに貼ってあった謎のお札みたいなのを剥がしちゃったのも悪かったんだろうけど。 除霊師の人にはお祓いやら何やらいろいろしてもらったのに申し訳ないけど、身軽な学生の一人暮らしだったしすぐに引っ越すことにした。

次からはそこまで確認しとかないとなってことで、このときばかりはほんと良い勉強になったよ。

獄海狂詩曲

幾多の戦場を駆け抜け、そして勝ち続けることだけに酔い痴れる修羅の道。

力だけが信用され、信頼され、やがて信仰の対象として金字塔の頂点となる。

力なきは奴隷となり、家畜となり、果ては生贄として輪廻の底を這い回る。

本能たる闘争心に焼け焦げた身には、この世の地獄こそがまさに極楽。

恐怖は利すべき剣。支配は圧すべき盾。

己が身に宿る黒焔を解き放つ瞬間こそ、何物にも代えがたい至福であると知れ。

三千世界の孤高に立つ者は、その行く末にまで一点の疑いもあってはならない。

そうして終にこの苛烈な獄海を高みから見下ろすとき、ふと不思議な郷愁を覚えるのだった。

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