気が付くと夜行バスの中。
前の椅子の背もたれと天井の間に頭を固定して眠っていたらしい。
頭が安定して寝心地が良かったものの、我ながらよくそんな寝方を思いついたものだと感心する。
目的地に到着。
みな次々にバスを降り始めるが、僕は椅子の体勢を戻す操作がわからずもたつく。
何せ今回は奮発して豪華なバスを予約していたので初めての2階席。
薄手の羽根布団をかぶって寝ていたのだが、ぎりぎりまで寝ていたせいでカバンに布団をしまう暇もなく、結局布団を肩にかけ抱き込んだ状態でバスを降りる羽目に。
バスを出るとそこはビルの下の屋根付きバスターミナル。そこそこ都会的ではあるものの、打ちっぱなしのコンクリートが蛍光灯で照らし出されている実に殺風景な景色。
確か東京を出発したのは夜の11時だったはず。相変わらず空は真っ暗だけど、今は一体何時なんだろう?
いやそんなことよりバスの写真を撮らねばと早速スマホを構えるのだが、巨大な車体が画角にうまく収まらず画面を見ながら少しずつ後ずさり。
やっと理想的な絵になったと思ったらそこがちょうど女子トイレの入り口付近だと気づき慌てふためく。
それにしてもすごいバスだ。
車体自体は京急バスのようだが、全体がスプレーの落書きだらけのヤンキー的なデザイン。
呆れ半分に眺めていると、ふと隣にいたのは某交通系有名ユーチューバー。
動画の撮影中だったらしいが、振り向きざまに何となく目が合ったので挨拶。
緊張してぼそぼそと喋ってしまったがちゃんとカットしてもらえるだろうか?
そういえば彼も以前「カメラを構えたまま危うく女子トイレに!?」なる動画を上げていたのを思い出し、さっき自分もそうなりかけたことを話すと、空気は一気に和気あいあいに。
別れ際に振り返り、これからも動画楽しみにしてますと遠くからエールを送る。
布団にくるまったまま今日の宿を探して夜の商店街へ。狭い路地でホームレスっぽい痩せ細ったおっさんとすれ違う。
時計を見ると夜の11時。このままブラブラと放浪しながら見知らぬ大阪の地で一夜を過ごすのは何となくヤバそうだ。
しかし今から飛び込みで泊めてくれる宿なんて果たしてあるのだろうか。
シャッターだらけの商店街の一角に、まだ開いてそうな店の明かりがあった。古い立て看板に占いの館とあるが、そこは昭和的な香りのする薄暗くヤニっぽい通路が続く。
奥にはボロい白シャツに黒ぶちメガネをかけた、胡散臭い細身のおっさんが待ち構えていた。
「この近くにこれから泊めてもらえる宿ってありませんか?」
そう尋ねるとおっさんは一瞬目を泳がせ考える素振りを見せてから一言。
「ありますよ。教えますのでとりあえず奥へどうぞ!」
そう言われると僕は急に恐ろしくなり、やっぱりいいですとそそくさと店を出る。
後ろからついてこないか入念に確認しながら足早に商店街を後に。
街灯の下、夜風の中をとぼとぼ歩いていると、ビル群の間に小さな公園を見つけた。ベンチもあるし、ここで明日まで野宿かな?
しかしそこで中学時代のクラスメイトにばったり出会う。たまたま同じバスでここに来ていたらしい。
「これから泊まれるとこってどこかにないかな?」
「ん-、漫画喫茶くらいしかないよね」
漫画喫茶かぁ。正直あまり乗り気はしないが、野宿よりはマシか。
あ、そうだせっかくだから明日のことも聞いておこう。
「このツアーって確か、明日は今日より早い時間に集合だったよね?」
「そうそう、夜9時にまたあのバスターミナルだね」
「それで次はロサンゼルスに行くんだっけ?」
「いや、確か北の方だったと思う」
「それじゃ拿捕されちゃうじゃん」
ゲラゲラと笑いながら和やかに時間は過ぎていくのだった。